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花を愛でる少年 
(ケイタ)
花を愛でる少年 
ツツジの歩道



近所にツツジが植えられた歩道がある。道沿いにずっとツツジの植え込みが続いているので近所の老人達の格好の散歩コースになっている。
毎日、犬の散歩にこの道を通っているのだが、つい一ヶ月ほど前まではつつじの花が盛りでとてもきれいだった。

車道の両脇を赤や白、ピンク色のツツジの花が咲きほこって、田んぼの多いこの郊外の田園風景の中でひときわ鮮やかな道並になっていた。


この歩道に咲き誇っていたたくさんの花々をケイタも気に入っていて、犬の散歩に出かけるときには、うれしそうに自転車でこの道を走っていたものだった。





「おとうさん、赤い花の中にひとつだけ白い花があったよぉー」
そんなたわいのないことを話しながら、犬の散歩をしていたのだ。

でも今ではツツジの花はほとんど散ってしまい茶色に変色した花びらが残っているだけだ。
桜の花があっけないほど潔く散っていくのとは対照的に、ツツジの花は時間をかけて枝についたまま朽ちていく。
先日、ケイタがそのツツジのそばで自転車を降りて立ち止まっていた。

「どうしたの、先に行っちゃうよ」
犬のコロを連れてしばらく歩いて振り向くと、ケイタはやはり同じ姿勢でじっと枯れてしまった花びらを見ていた。

その後姿が何故だかもの悲しそうで、どうしたのだろう、と思って引き返すと、ケイタは目にいっぱい涙をためていた。

「花が枯れちゃったのが悲しいのか?」
と聞くと、ケイタはこっくりと肯いた。

翌日も同じところでケイタは立ち止まったまま動かなくなった。


少し離れたところで、僕はケイタの気持ちが納得するまで黙ってみていた。
何か上手く説明してやりたい気持ちがしたが、結局ケイタ自身が感じ取るしかないことなのかもしれないと僕は思っていた。

彼は今何を感じているのだろう。

季節は流れてきれいに咲いていた花もやがて枯れていく。

花は散ってもツツジそのものは死んではいないし、たとえツツジの木そのものが枯れたとしても、土に返ったツツジはバクテリアや微生物のえさとなり、次の植物の栄養になることでその命は受け継がれていく。
自然の大きなサイクルで見れば個々の命は決して一人では成り立っていない。それは必ずたくさんの過去と未来の命につながっている。
というようなことを4歳の子どもにどうやって教えたらいいのだろう。

「来年にはまたきれいな花がさくよ」と言ってみても、今を生きる(今の瞬間だけで生きている)子供には通じない。






盛者必衰の無常観をうたった平家物語の作者と目の前のケイタが感じていることのあいだに、どんな違いがあるのだろう…というようなことを僕はぼんやりと考えていた。

ショウペン・ハウエルが、『今、木を見ている自分と千年前に木を見ていた人との間に何の違いがあるのだろう』と言った言葉を思い出した。

それにしても、なんて感じやすい子どもなのだろう。坊主頭には似合わない花を愛でる繊細な少年…と我が子ながら感じ入ってしまった。

だが、庭にある祖母が丹精した植木の花を片っ端からむしりとっていつも叱られているのも、同じ坊主頭のこの少年なのだ。
とても同じ人格とは思えない。

庭で見つけたアリを無意味に踏みつけたりしているケイタを見ていると、彼が平家物語の作者のような無常観を感じるには、まだまだ無理があるようだ。
いろいろなものを見ながら、たくさんの命と関わりあいながら成長を遂げている途上のなのだろう。

ツツジの枯れた花を見てしょげていたケイタは、その数分後には何もかも忘れたかのようにはしゃいで自転車をこぎ始めた。

「うんち、うんちッ…」と、おそらくケイタにしかわからない意味不明のことをうれしそうにじゃべりながらふざけているのを見ると、さっきまでのヘコミようは何だったのだろうと思ってしまう。
本当に彼は『生と死』というような哲学的なことを考えていたのだろうかという疑問がわいてくる。

哲学的な命題からいきなり「うんちっ、うんちっ…」だもんなぁ。
うーん、わからない・・・。
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by tonjies | 2004-06-01 14:22 | 豚児1号 ケイタ
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