豚児1号ケイタ          (12歳 1999年11月生)    豚児2号ガク           (8歳 2003年10月生)    ころすけポー (このBlogを書いている豚児たちの父親)   
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カテゴリ:豚児2号 ガク( 166 )

次男のゆううつ 
(ガク)
次男の憂鬱


ガクは泣き声が大きい。
長男のケイタが赤ん坊の時にはこんなに大きな声では泣かなかったような気がする。

ケイタの時には初めての赤ん坊で、それこそちょっとでもグズリそうになると誰かが手を差し伸べてあやしてしていた。まるで『王子さま』のような扱いだったのだ。

『ケイタ王子とその召使たち』というあの時の家族構成を考えると、ガクの場合とだいぶ違う。
家族の中で自らが主張しないと生き残れないとでも思っているかのような泣き方をするのだ。

ガクと同じように僕も二人兄弟の下に生まれた。どの家庭でも初めての子どもには緊張して腫れ物に触るように大事に育てられるものだ。その反動でかしらないが二人目の子は泣いても放っておかれることが多い。家族が子育てにある程度慣れてきているから、一人目のときほど心配性にならずに子育てをするからだ。

僕も二階で寝かしつけられているときに階下の母親が泣き声に気づかないで、青くなっているまで泣いていたことが何回かあったという。
僕の頭がゼッペキなのはそのせいだ、と昔母親がよく言っていた。

今、ガクも僕と同じように後頭部がゼッペキになりつつある。
そのゼッペキ頭を撫ぜながら、僕は
「こいつはたくましくなるぞ」と思うのだ。
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by tonjies | 2004-01-31 23:25 | 豚児2号 ガク
ガクとおしゃべり   
ガクとおしゃべり    



「あぁあー、うーう、おぉーおー」
生まれて3ヶ月すぎてガクはおしゃべりをするようになった。

ババや母親があやす「うん、うん、そうなの、そうなのォー?」という意味不明のあいづちに対して、
ご機嫌で、
「あぁーぁあー」と言い続けている。そうやって『お話』しているときのガクと母親達はとても楽しそうだ。

赤ん坊のこういう言葉を分析してその気分を表すという分析器が先日新聞に紹介されていた。スペイン製のそれは、犬や猫のおもちゃ翻訳機(バウリンガルなど)のように分析した赤ん坊の気持ちを空腹、退屈、不快、眠気、ストレスといった言語に翻訳すると言うものだ。欧米ですでに10万台以上売れているという。

発売元も言っているが、これは親子のコミュニケーションを図るというよりもあくまで玩具にすぎないものだと思う。
玩具としては面白いかもしれないが、赤ん坊の意味不明の言葉を我々のわかる言葉にするというのはちょっと問題ありのような気がする。

意味不明の言葉は、そのまま意味不明であったほうがいい。それを少しでも分かろうとする親の心構えの方ががずっと大事なのだ。


心理学者の斉藤学さんによると、我々の使っている言語には、『オーダー言語』と『情緒言語』の2種類の言語があるという。
オーダー言語というのは、普段僕達が会社などで使っている意志伝達のための言葉のことだ。
それに対して、母親が幼い子どもと話すときのように相手の気持ちを察して話される言葉-情緒言語というものがあるらしい。
これは言葉で何かを伝えるというより話している相手と感情を交流させる言葉であるという。子どもが母親に話をするのは、今日幼稚園であったことや○○ちゃんの持っている玩具のことなどたわいのない話がほとんどだ。だが母親はその話を聞きながら子どもの楽しい気分に答えて、その感情を共有していく。そういう安心感をもたらす言葉が情緒言語だという。


「あーうー」とガクが話をして「そう、そう」とあいづちをしている母子の会話はまさしくこの情緒言語だ。
生まれてきたといっても、まだお腹の外の子宮に包まれているような乳幼児にとって、このたわいもないやりとりから自分が受け入れられているという安心感を感じ取っているにちがいない。

そんな大事な「あーうー」という言葉を、つまらない玩具の翻訳機でオーダー言語に変えることはかえって有害かもしれない。

照れくさいのだが僕もカミサンの真似をして、ガクに対してなるべく返事するようにしている。そうすると少しずつだけれども、ガクの楽しい気分やむずがっている気分がなんとなく分かってくるような気がするのだ。
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by tonjies | 2004-01-17 23:21 | 豚児2号 ガク
見つめるつぶらな瞳  
(ガク)
見つめるつぶらな瞳        



ガクが産まれて3ヶ月になる。
だいぶ人の顔の見分けもつくようになってきて、ベビーベッドに寝ているところを母親が覗き込むと喜んで笑ったりするようになった。
(僕が覗き込んでも喜んだりしないので、顔か声の見分けがついているようなのだ)

遠くのものも見えるようになったみたいで、ケイタがみているアニメの画面をじっと見ていたりするようになった。

「おい、ガクがTVをみているよ」
とカミサンと話している。
たぶん何だか分かってはいないのだろうけれど、動く絵と音が面白いのかじっとTVの画面を見ているのだ。

僕がパソコンをやっているとき、ふっと誰かの視線を感じて振り返ると、寝ていたはずのガクがじっとこちらを見ていたりすることよくある。

「目があってしまった」
穢れのない瞳(当たり前だよ、3ヶ月で穢れていたらそれこそ大変だ)に見つめられると、なんだかこちらの方が照れてしまう。

「この人は、いったい何をやっているのだろう?」
とその瞳が言っている。

僕はそのたびに、

「僕は君のお父さんで、これはパソコンという機械なんだよ」
と教えてあげている。
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by tonjies | 2004-01-10 23:20 | 豚児2号 ガク
ガク君 
ガク君  



生まれて2ヶ月が過ぎて、ガクはだいぶ大きくなった。母乳とミルクの混合だけれどよく飲むので、まるまると太っている。生まれた頃は細い手足をしていたのに今では関節にゴムをはめているように太い。ハムみたいだ。
ケイタは出が悪い母乳を嫌ってよくかんしゃくをおこしていたけれど、ガクは粉ミルクよりも母乳の方が好きらしくいつも母親の胸にしがみついている。


二人目のガクが産まれる前、妊娠中にカミサンは
「渓太みたいに(産まれてくる子が)かわいいと思えるだろうか」
と心配していた。
自分の産んだ子が可愛いとどうしても思えないという母親は多い。また二人子どもがいると、片方だけを可愛がり、もう一方が好きになれないというのは親の心理としてありがちなことだ。
親が子どもに自己を投影していると自己愛の対象となる子どもとはうまくいっても、自己嫌悪の投影となる子どもが親から敬遠されてしまうのだ。

だけど、幸いなことにその心配は杞憂だったようだ。

同じ敷地内に義母(カミサンの実母)がいて、僕たちは恵まれた子育てをしている。これが誰も回りに知り合いがいないマンションの一室で僕たちだけで暮らしていたら、僕が仕事に出かけている間、カミサンと子どもだけの生活だったら…と考えるとこんなに余裕を持った子育てはできなかったかもしれない。
(だけど、みんなそうやっているのだろうけれど…)
カミサンにとっても恵まれ過ぎている環境だが、それは渓太やガクにとってもいいことだと僕は思うのだ。

「このムーニー(おむつ)の写真、ガクに似てない?」
「そうだろ、おれもCMに出てくる赤ん坊みたいだと思っていたんだ」

というような会話が我が家では親バカその1とその2の間で交わされている。


バカ親かもしれない。


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by tonjies | 2003-12-29 02:49 | 豚児2号 ガク
まるくて小さな赤ん坊
まるくて小さな赤ん坊  


赤ん坊は見ていて飽きない。

でも寝返りもできない赤ん坊を見ていると、その寝顔は天使のようなのだが、その実態はワガママし放題の自己主張だけで生きている自己中のようだ。
母親がどんなに寝不足で疲れていようともお構い無しに、ミルクやオムツを替えることを要求するし、ちょっとしたことでもグズッてなかなか泣き止まない。

僕がたまに抱き上げても、歩き回らないと泣き出す。ちょっと立ち止まってパソコンをいじっていようものなら「ふがぁー」と苦情を言うのだ。

人間の赤ん坊は1年間未熟児として生まれてくるのだそうだ。1年ぐらい経たないと自分では立てないし、一人ではとてもじゃないが生きてゆけない。
だから赤ん坊はえてして『かわいい』と周りに思わせることで自己の生き残り戦略としているのだという。

産まれたばかりの時は『サル』のようで目の焦点も合っていなかった(見えないのだから当たり前か?)ガクも一月過ぎて、だんだん人間の赤ん坊のようになってきた。
顔も体も丸くなって、何だか『かわいい』存在になってきたようだ。
目の焦点も合ってきて、親の欲目かもしれないが、その幼い瞳にすでに知性のヒラメキが込められているような気がする。
またその丸い顔つきも、何だかミルクのCMに出てくる赤ん坊のようにかわいらしく思えてしまのは、もう完全に親の欲目なのだろう。

どうも人類だけでなく哺乳類は、この丸くて小さいものに対して本能的に保護したり『かわいい』と思うようにプログラムされているようなのだ。
そのために哺乳類の赤ん坊は子猫にしろ子犬にしろ丸くて小さいことで、守ってもらうサインを出しているらしい。

さらに人間の赤ん坊は、ミルクでお腹がいっぱいで満足したときに、「にかぁー」と笑ったりするのだ。
馬鹿な親たちはそれだけでころっと参ってしまう。
そんな笑顔まで誰に習うこともなく身に付けているなんて、したたかな奴なのだとおもうものの、その笑顔をなんとか写真にとろうと身構えているのは他ならない親馬鹿な父親だったりするのだった。

ガクはよく「ッんがぁー」と踏ん張ってウンチをしている。渓太の時はこんなふんばり方をしなかったような気がする。ミルクよりも母乳を好んだり、小さいながらにも、お兄ちゃんとは違った個性を発揮しているようだ。
おしっこを母親にひっかけているところは似ているけれど…。
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by tonjies | 2003-11-24 02:46 | 豚児2号 ガク
豚児2号誕生!
豚児2号誕生!

出産に立ち会う…ひっええーコワイぃー



もういつ生まれてもおかしくない、今週持つかどうか、と産婦人科の医者に言われてから10日以上たつのに、一向に陣痛の気配がなかった。

「おもしろいお兄ちゃんがいるから、早く出ておいで」とおなかの中の赤ちゃんに話しかけていたがなかなか出てきてくれなかった。

僕は今度の出産に少し不安なところがあった。

出産のとき僕にも立ち会うようにカミサンに言われていたのだ。渓太を産んだ時と同じ産婦人科の町医者なのだが、なんでも父親の立会いもできるようになったとか…
渓太のときは夜中に病院に入院して早朝僕が犬の散歩のために家に帰ったときに産まれてしまったので、僕は出産の瞬間に立ち会っていない。
男の人も分娩室にはいっていい、とカミサンが聞いてきて、しきりに僕にそれを勧めるのだ。
どうやらそれは産まれてから分娩室に入るのではなくて、力んでいるその瞬間にもそこにいることらしい。

これを聞いて、「何だか、嫌だなぁー」とずっと思っていた。
僕は血を見るのに弱いし、そんなオドロオドロシイものに立ち会うなんて・・・
会社で仕事をしている間に、「ポンッ!」と産まれてきて、できれば立ち会わないで済めばなぁー…と思っていたのだ。

でも、陣痛が始まったのが僕が有給をとっていた日の早朝だったので、僕はこの出産に立ち会うことになってしまった。
義母に押し出されるようにして分娩室に入った。だけど『立ち会う』といっても、分娩台にのったカミサンの枕もとで所在なげにしているだけなのだ。
たまに陣痛の合間にウーロン茶を飲ませたりしていただけだから、カミサンのおなかの上にかけられたタオルの向こう側(赤ん坊が出てくるところ)がどうなっているのかは僕の位置からは見えない。

それでも青い顔をしていたのだろう。
「倒れないでくださいね」などと看護婦さんに言われてしまった。
だんだんとその場に慣れてくると、苦しんでいるカミサンをよそに、そばにある医療機器について、トンチンカンな質問をしていた。

実は僕は『出産に立ち会う』というのは、先生や助産婦さんと一緒になって赤ん坊を血まみれになって引っ張り出すのかと思っていたのだ。
枕もとでカミサンを励ましているだけなら、そうだともっと早く言ってくれればいいのに・・・

廊下で義母に連れられた渓太が
「ママぁー、がんばれぇー」といっている声が聞こえた。
たぶん内容はよくわかってないと思うが、渓太も応援してくれているらしい。



そうこうしているうちに最終段階に入ったらしく、カミサンの呼吸が早くなって叫び声が大きくなったと思ったら、
おなかにかけられたタオルの向こうに濡れた赤ん坊の頭が見えた。
「エェッーエエー!あれは、アタマかぁー!」
と思っているうちに、赤ん坊は生まれてしまった。
「でかいッ!」
(後で体重を量ると3,900グラムの大きな赤ん坊だった。)



赤ん坊を母親の胸の上にのせて記念撮影、産科のおじいちゃん先生が最近凝っているというデジカメで何枚も撮ってもらった。
そのあと、出てきた胎盤(臍の尾がついていた)も見せてもらう。
あらためて、「人間も哺乳類の動物なんだなぁー」と思った。

たぶん二度とこんな体験はないだろうけれど、僕は立ち会ってよかったと思っている。
「よくやった!感動したッ!」
気がつくと、数年前の小泉総理のような台詞をカミサンに言っていた。

しばらくして保育器に入れられた赤ん坊を渓太と一緒に見にいった。手足をバタバタとさせているところやガッツ石松のような腫れぼったい顔を見ていると、4年前の渓太そっくりだ。
「そうかぁー、おなかの中でぐにゅぐにゅと動いていたのはこいつかぁー」

渓太ははじめて見る弟に
「ガクくん、よろしくなっ!」と声をかけている。

そう、よろしくなっ、と僕も思った。
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by tonjies | 2003-10-10 02:38 | 豚児2号 ガク