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裸足で遊ぶ
裸足で遊ぶ    

近所の公園で



休みの日に晴れていると、渓太を連れて犬の散歩に行くようになった。
近所のちょっと大きな公園に子どもたちが土手すべりをするような小山がある。
自転車で駆け下りるような小学生がいない時に、渓太はその斜面をごろごろと転がって遊ぶのだ。

この遊びは最近の渓太のお気に入りで、自分から斜面に寝転がって転がって遊び始めた。

「お父さんもやって」と言われて僕もやってみた。横になってゴロゴロと転がるとけっこう目が回っておもしろい。
近く木にリードをつながれたコロが自分も混ぜてほしくて、吠えている。

そこで遊んでいると渓太は必ず靴を脱いでしまう。靴下だけになって喜んでその小山を上ったり降りたりしているのだ。
芝生ではなくて、刈り込まれているけど雑草の生えただけの公園なので、いつも靴下はすぐに真っ黒になってしまう。

靴ぬいじゃだめだよと何回言っても、ここにくると渓太は靴を脱ぎたがるのだ。
そして僕にも靴を脱いでゴロゴロところがれという。

「お父さんも、くつをぬいで」と渓太が言う。
まあいいか、と思って、この間僕も靴を脱いでみた。

そうやって靴を脱いで見て初めて気がついた。
雑草の芝が足の裏に伝わる感覚が気持ちいいのだ。土や草のやわらかさが足の裏に感じられる。

再び靴をはいてみると、その感覚はなくなってしまった。
「そうかぁ、それで渓太は靴をぬぎたかったのかぁー」

僕はキャンプに行ったり、川原に行ってもアウトドア用のゴツイ靴やウェーダー(釣り用の長靴)で遊んでいる。それらの靴は僕の足をケガからは守ってくれるけれども、こういう素足感覚とはほど遠い。

裸足になって遊ぶというような感覚は久しぶりだな、と気がついた。

日が暮れるまで、そうやって渓太と遊んでうちに帰る。
靴下や服は泥んこになるけれど、それに代えられない楽しみがある。と僕は思うのだ
男の子なのだし、服を泥だらけにして母親にしかられるくらいでちょうどいい。
なーに汚れたら洗えばいいのだ。

夕暮れの薄暗くなった中を渓太と手をつないで家に帰る。公園で思いっきり走り回ったので犬のコロも帰るときにはおとなしく僕の横についてトコトコと歩いている。
夕焼けの色が見る見るうちに変わってゆくのを渓太と見ながら、日常の何気ないことだけれど、僕はこの瞬間がひどく大切な、貴重なもののように思えるのだ。
あるいはくすぐったいような、また懐かしいような気持ちがした。

きっと何年か後になっても僕はこの時忘れないだろう。

薄暗くなった道が渓太は怖いらしく、
「おとうさん、まっくろくろすけ(お化けの一種)いるかな?」
と何回もいう。
「わぁー、渓太の後ろにいるッ!]
と脅かすと、怖いのが半分、半分は喜んではしゃいでいる。

でも、やっぱり少しこわいのか、渓太のつないだ手に少し力が入ってくるのを僕は感じた。
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by tonjies | 2003-10-27 02:42 | 豚児1号 ケイタ
ジェラシスト渓太 
ジェラシスト渓太 

炎と書いてジェラシー



「ママぁー、ごくろうさんッ!」赤ん坊を産んでまだ分娩台にのっていた母親に渓太がそういった。
出産の間も、渓太は部屋の外から「ママぁー、がんばれぇー」と言っていた。

だが、母親が赤ん坊と一緒に退院してきて、家の中にもう一人の家族が増えると、だいぶ様子が違ってきたようだ。

赤ん坊が泣き出すと、渓太は気に入らないらしい。
「うるさーいッ!(TVの音が)聞けないじゃないかぁー」という。
大好きなTVアニメの声が聞こえないと言っては、怒っているのだ。
お前の声のほうがよっぽどうるさいよ、と思うが渓太は言い出すときかない。

また、母親が赤ん坊に母乳をやっていると、しきりに
「赤ちゃんはベットの上に置いてきて、」という。
赤ちゃんよりも自分のことをかまってほしいといっているようなのだ。

あげくの果てに、
「もう、赤ちゃん、いらないッ。赤ちゃん捨ててきてッ」
などと言い出した。

僕は渓太のこういうあからさまな嫉妬を面白いなぁと思っっている。
それまで我が家の『王子さま』としてワガママ勝手にふるまっていたのが、急に主役の座をちっぽけな赤ん坊に奪われて、渓太は自分が急に『孤児』になってしまったように感じているのかもしれない。
この手の主題はおとぎ話テーマによくありそうな体験だと思う。
ユング派の心理学者がよく言う、母親が急に冷たい存在になる-継母という存在はこういうところからきているのだろう。
そういえば、シンデレラや白雪姫の継母は元の昔話では実の母親だったというし…

「赤ん坊はもういらない、捨ててきてッ!」という渓太には、
「おとうさんは、エミールを書いたルソーじゃないんだから、子どもを棄てたりはしないんだよ」と言い聞かせている。

※注 ルソー、18世紀のフランスの思想化、民約論で有名。
エミールなど時代の先駆的な優れた教育論を著したが、実生活では自分の子どもを何度も棄てている。



渓太は今、少しずつ『赤ちゃんのいる暮らし』に慣れようとしているのだろう。
渓太だけではなく、僕自身もそうなのだが、子どもが生まれたからといってすぐに『親』になれるわけではない。子どもの成長とともに少しずつ『父親』になっていくのだ。

それと同じように、渓太も弟が生まれたからといって、すぐにお兄ちゃんになれるわけじゃない。これからの生活の中で少しずつ『兄弟』になっていくのだと思う。

とりあえずまだ首も据わっていない赤ん坊については、父親の僕の役割はあんまり(というよりもほとんど)ないので、今は渓太とおもいっきり遊んでやろうと思っている。

普段は赤ん坊のことにあまり関心を示さない渓太も、たまに気が向くと赤ん坊が何か声を出すたびに、
「いま、あかちゃん、なんていったー?」
「いま、あかちゃん、なんていったー?」と聞くことがある。
「おにいちゃん、大きくなったらいっしょに遊んで、っていってるんだよ」
「トミカのミニカーをかしてっていっているんだよ」
と適当に教えてあげると、

渓太はおもちゃのクルマを持ってきて、
「そうかぁー、いいぞぉー」と生意気な口調でいう。
そして、まだ何もわかっていない赤ん坊にむかって、とくいそうな口調で車の説明をしてあげたりしている。
そんなときの渓太は何だか少しうれしそうだ。
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by tonjies | 2003-10-20 02:41 | 豚児1号 ケイタ
おにいちゃんになった豚児1号
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おにいちゃんになった豚児1号
本人は自覚していない・・

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by tonjies | 2003-10-11 14:14 | デジカメ日記
豚児2号誕生!
豚児2号誕生!

出産に立ち会う…ひっええーコワイぃー



もういつ生まれてもおかしくない、今週持つかどうか、と産婦人科の医者に言われてから10日以上たつのに、一向に陣痛の気配がなかった。

「おもしろいお兄ちゃんがいるから、早く出ておいで」とおなかの中の赤ちゃんに話しかけていたがなかなか出てきてくれなかった。

僕は今度の出産に少し不安なところがあった。

出産のとき僕にも立ち会うようにカミサンに言われていたのだ。渓太を産んだ時と同じ産婦人科の町医者なのだが、なんでも父親の立会いもできるようになったとか…
渓太のときは夜中に病院に入院して早朝僕が犬の散歩のために家に帰ったときに産まれてしまったので、僕は出産の瞬間に立ち会っていない。
男の人も分娩室にはいっていい、とカミサンが聞いてきて、しきりに僕にそれを勧めるのだ。
どうやらそれは産まれてから分娩室に入るのではなくて、力んでいるその瞬間にもそこにいることらしい。

これを聞いて、「何だか、嫌だなぁー」とずっと思っていた。
僕は血を見るのに弱いし、そんなオドロオドロシイものに立ち会うなんて・・・
会社で仕事をしている間に、「ポンッ!」と産まれてきて、できれば立ち会わないで済めばなぁー…と思っていたのだ。

でも、陣痛が始まったのが僕が有給をとっていた日の早朝だったので、僕はこの出産に立ち会うことになってしまった。
義母に押し出されるようにして分娩室に入った。だけど『立ち会う』といっても、分娩台にのったカミサンの枕もとで所在なげにしているだけなのだ。
たまに陣痛の合間にウーロン茶を飲ませたりしていただけだから、カミサンのおなかの上にかけられたタオルの向こう側(赤ん坊が出てくるところ)がどうなっているのかは僕の位置からは見えない。

それでも青い顔をしていたのだろう。
「倒れないでくださいね」などと看護婦さんに言われてしまった。
だんだんとその場に慣れてくると、苦しんでいるカミサンをよそに、そばにある医療機器について、トンチンカンな質問をしていた。

実は僕は『出産に立ち会う』というのは、先生や助産婦さんと一緒になって赤ん坊を血まみれになって引っ張り出すのかと思っていたのだ。
枕もとでカミサンを励ましているだけなら、そうだともっと早く言ってくれればいいのに・・・

廊下で義母に連れられた渓太が
「ママぁー、がんばれぇー」といっている声が聞こえた。
たぶん内容はよくわかってないと思うが、渓太も応援してくれているらしい。



そうこうしているうちに最終段階に入ったらしく、カミサンの呼吸が早くなって叫び声が大きくなったと思ったら、
おなかにかけられたタオルの向こうに濡れた赤ん坊の頭が見えた。
「エェッーエエー!あれは、アタマかぁー!」
と思っているうちに、赤ん坊は生まれてしまった。
「でかいッ!」
(後で体重を量ると3,900グラムの大きな赤ん坊だった。)



赤ん坊を母親の胸の上にのせて記念撮影、産科のおじいちゃん先生が最近凝っているというデジカメで何枚も撮ってもらった。
そのあと、出てきた胎盤(臍の尾がついていた)も見せてもらう。
あらためて、「人間も哺乳類の動物なんだなぁー」と思った。

たぶん二度とこんな体験はないだろうけれど、僕は立ち会ってよかったと思っている。
「よくやった!感動したッ!」
気がつくと、数年前の小泉総理のような台詞をカミサンに言っていた。

しばらくして保育器に入れられた赤ん坊を渓太と一緒に見にいった。手足をバタバタとさせているところやガッツ石松のような腫れぼったい顔を見ていると、4年前の渓太そっくりだ。
「そうかぁー、おなかの中でぐにゅぐにゅと動いていたのはこいつかぁー」

渓太ははじめて見る弟に
「ガクくん、よろしくなっ!」と声をかけている。

そう、よろしくなっ、と僕も思った。
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by tonjies | 2003-10-10 02:38 | 豚児2号 ガク