豚児1号ケイタ          (12歳 1999年11月生)    豚児2号ガク           (8歳 2003年10月生)    ころすけポー (このBlogを書いている豚児たちの父親)   
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次男のゆううつ 
(ガク)
次男の憂鬱


ガクは泣き声が大きい。
長男のケイタが赤ん坊の時にはこんなに大きな声では泣かなかったような気がする。

ケイタの時には初めての赤ん坊で、それこそちょっとでもグズリそうになると誰かが手を差し伸べてあやしてしていた。まるで『王子さま』のような扱いだったのだ。

『ケイタ王子とその召使たち』というあの時の家族構成を考えると、ガクの場合とだいぶ違う。
家族の中で自らが主張しないと生き残れないとでも思っているかのような泣き方をするのだ。

ガクと同じように僕も二人兄弟の下に生まれた。どの家庭でも初めての子どもには緊張して腫れ物に触るように大事に育てられるものだ。その反動でかしらないが二人目の子は泣いても放っておかれることが多い。家族が子育てにある程度慣れてきているから、一人目のときほど心配性にならずに子育てをするからだ。

僕も二階で寝かしつけられているときに階下の母親が泣き声に気づかないで、青くなっているまで泣いていたことが何回かあったという。
僕の頭がゼッペキなのはそのせいだ、と昔母親がよく言っていた。

今、ガクも僕と同じように後頭部がゼッペキになりつつある。
そのゼッペキ頭を撫ぜながら、僕は
「こいつはたくましくなるぞ」と思うのだ。
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by tonjies | 2004-01-31 23:25 | 豚児2号 ガク
車のオモチャを買ってもらった夢  
(ケイタ)
車のオモチャを買ってもらった夢 




朝起きて渓太が車のオモチャがない…と言い出した。

新しい車のオモチャを買ってもらった夢を見ていたらしい。探しても夢の中の出てきた車は見つかるはずもなく、しばらくして

「夢だったのかぁーああー……くやしいぃいいー」

と芝居がかった大きな声で泣き出した。

こういう時の渓太の『くやしがり方』というのは傍で見ていて面白い。
「ぐやじぃいいー!」といいながら、足をバタバタさせて文字通り地団駄を踏んだり、両手をついて床をこぶしでたたいたりする。

なるほど口惜しがっているんだろうなぁーと思わせるボディランゲージなのだ。オーバーすぎるその演技は演出家が蜷川幸雄だったら、間違いなく灰皿が飛んでくるだろう。

今時こんなに分かりやすく『口惜しがる』大人はまずいない。4歳児だからのなせる技かとも思うが、戯画化(caricature)という言葉が思い浮かんでしまう。
まるで戦前のマンガの主人公のような『口惜しがり方』なのだ。
クリクリの坊主頭でそんな面白いことをやってくれるので、本当に数十年前のマンガの主人公のようだ。

この日の朝はしばらくそうやって口惜しがっていた渓太だが、朝ごはんを食べるころになると、

「よーし、車のことはあきらめたッ!。負けないじょぉおー」

と独り言をいっていた。
いつものように小芝居の自分の世界に入っているらしかった。
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by tonjies | 2004-01-25 23:24 | 豚児1号 ケイタ
ママ、アイシテル? 
(ケイタ)
ママ、アイシテル? 



4歳になる渓太は年齢に似合わずに、時々こちらがびっくりするような語彙(ボキャブラリー)を発してくる。
先日も夕食の時に渓太が母親に向かって突然、こう言った。

「ママぁー、あいしてるよ」

僕は思わずカミサンと顔を見合わせてしまいましたね。
いったい、コイツは『愛してる』なんて言葉をどこで覚えてきたのだろう。

「渓太、愛してるって、どういう意味か知ってる?」
おそらく意味もわからずに使っているのだろうと思って、僕は渓太にそう聞いてみた。
すると渓太は、
「アイシテルというのは、ずっと、ずっと好きだということだよ」と平気な顔をして言うのだ。

ほう、意味がわかっているじゃないか
しかも正確に説明出来ることに、僕はわが子ながらに感心してしまった。僕がもし同じ質問をされたら、そうすらすらと答えることは出来ないだろう。
『愛とは何か』と問われたら、うーん、と考え込んでしまいそうだ。
あるいは過去の哲学者の言葉を引用して、適当にごまかしてしまうかもしれない。

照れやゴマカシのかけらもない渓太の言葉は過去の哲学者や文学者の言葉よりも、ずっと真実をついているように思えた。

渓太は時々僕に向かって「お父さんは何でも知っているんだねぇー」とお愛想をいう。彼の子どもっぽい質問に何でも答えてあげているから、渓太は今のところ「お父さんは何でも知っている」と思っているようなのだ。

だが、本当は…お父さんは愛の意味もすぐには答えられないし、本当に何も知らないのだよ。
ということを、いつか彼に教えてあげたいと思うのだ。
何十年かしたら渓太も『愛とは何か』と問われて、すぐに答えられない大人になるだろう。

そのような問題にすらすらと答えられる人間よりも、みっともなくとも悩んでしまう人のほうが、僕はずっと優れているように思えるのだ。
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by tonjies | 2004-01-24 23:23 | 豚児1号 ケイタ
自己中の4歳児を叱る 
(ケイタ)
自己中の4歳児を叱る 
             


このタイトルで前にも書いたことがあるなぁ。
でも、ますます狼藉の限りを尽すようになった我が家の暴れん坊将軍はこのところ本当によく叱られているのだ。
叱られても少しもめげないところが頼もしくもあるが、「もう、しませぇえーえん…」と泣いて謝ったすぐその後にケロっとしているのを見るとこちら怒っていた気持ちも、へなへなへなーとしぼんでいってしまう。

うちのカミサンは決してガミガミと子どもを叱るようなタイプではないが、相手は宇宙人のような4歳児なので「むかっ」とくることも時々(たびたび)あるらしい。

先日、渓太があまりにも言うことを聞かないのでカミサンが何時になく本気で叱っていた時、渓太がポツリとこういった。

「ママが…もえているぅ…」

おそらく眼から星飛馬のようにめらめらと怒りの炎を燃やしていたのだろう。
それでも、笑うのをこらえて(後日母親談)怖い顔をしていると、渓太は、

「ここは笑うところじゃなかったんですねぇーはふふー」
とわけのわからない一人芝居を始めだした。

うーん、そのゴマカシかたといい、おそるべし…4歳児。
(でも、ママが燃えているぅ・・・というのは使えるな。今度ケンカしたときに使おう)
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by tonjies | 2004-01-18 23:22 | 豚児1号 ケイタ
ガクとおしゃべり   
ガクとおしゃべり    



「あぁあー、うーう、おぉーおー」
生まれて3ヶ月すぎてガクはおしゃべりをするようになった。

ババや母親があやす「うん、うん、そうなの、そうなのォー?」という意味不明のあいづちに対して、
ご機嫌で、
「あぁーぁあー」と言い続けている。そうやって『お話』しているときのガクと母親達はとても楽しそうだ。

赤ん坊のこういう言葉を分析してその気分を表すという分析器が先日新聞に紹介されていた。スペイン製のそれは、犬や猫のおもちゃ翻訳機(バウリンガルなど)のように分析した赤ん坊の気持ちを空腹、退屈、不快、眠気、ストレスといった言語に翻訳すると言うものだ。欧米ですでに10万台以上売れているという。

発売元も言っているが、これは親子のコミュニケーションを図るというよりもあくまで玩具にすぎないものだと思う。
玩具としては面白いかもしれないが、赤ん坊の意味不明の言葉を我々のわかる言葉にするというのはちょっと問題ありのような気がする。

意味不明の言葉は、そのまま意味不明であったほうがいい。それを少しでも分かろうとする親の心構えの方ががずっと大事なのだ。


心理学者の斉藤学さんによると、我々の使っている言語には、『オーダー言語』と『情緒言語』の2種類の言語があるという。
オーダー言語というのは、普段僕達が会社などで使っている意志伝達のための言葉のことだ。
それに対して、母親が幼い子どもと話すときのように相手の気持ちを察して話される言葉-情緒言語というものがあるらしい。
これは言葉で何かを伝えるというより話している相手と感情を交流させる言葉であるという。子どもが母親に話をするのは、今日幼稚園であったことや○○ちゃんの持っている玩具のことなどたわいのない話がほとんどだ。だが母親はその話を聞きながら子どもの楽しい気分に答えて、その感情を共有していく。そういう安心感をもたらす言葉が情緒言語だという。


「あーうー」とガクが話をして「そう、そう」とあいづちをしている母子の会話はまさしくこの情緒言語だ。
生まれてきたといっても、まだお腹の外の子宮に包まれているような乳幼児にとって、このたわいもないやりとりから自分が受け入れられているという安心感を感じ取っているにちがいない。

そんな大事な「あーうー」という言葉を、つまらない玩具の翻訳機でオーダー言語に変えることはかえって有害かもしれない。

照れくさいのだが僕もカミサンの真似をして、ガクに対してなるべく返事するようにしている。そうすると少しずつだけれども、ガクの楽しい気分やむずがっている気分がなんとなく分かってくるような気がするのだ。
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by tonjies | 2004-01-17 23:21 | 豚児2号 ガク
見つめるつぶらな瞳  
(ガク)
見つめるつぶらな瞳        



ガクが産まれて3ヶ月になる。
だいぶ人の顔の見分けもつくようになってきて、ベビーベッドに寝ているところを母親が覗き込むと喜んで笑ったりするようになった。
(僕が覗き込んでも喜んだりしないので、顔か声の見分けがついているようなのだ)

遠くのものも見えるようになったみたいで、ケイタがみているアニメの画面をじっと見ていたりするようになった。

「おい、ガクがTVをみているよ」
とカミサンと話している。
たぶん何だか分かってはいないのだろうけれど、動く絵と音が面白いのかじっとTVの画面を見ているのだ。

僕がパソコンをやっているとき、ふっと誰かの視線を感じて振り返ると、寝ていたはずのガクがじっとこちらを見ていたりすることよくある。

「目があってしまった」
穢れのない瞳(当たり前だよ、3ヶ月で穢れていたらそれこそ大変だ)に見つめられると、なんだかこちらの方が照れてしまう。

「この人は、いったい何をやっているのだろう?」
とその瞳が言っている。

僕はそのたびに、

「僕は君のお父さんで、これはパソコンという機械なんだよ」
と教えてあげている。
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by tonjies | 2004-01-10 23:20 | 豚児2号 ガク
自転車でコロとの散歩 
(ケイタ)
自転車でコロとの散歩 
        


休日の夕方には必ずケイタと犬の散歩に行くようになった。ケイタは昨年の誕生日に買ってもらった自転車にのって、僕は歩きで犬のコロを引っ張って散歩に出かけている。

犬をいつも遊ばせている公園までは車道と歩道が茂みで隔てられた歩道を行く。
自転車のケイタは僕とコロの先にどんどん行ってしまうので、危なくてしょうがないのだ。
だからケイタには、横からくる道路を横断するときには必ず僕を待っているように約束している。
道路を横断するときには、僕がケイタの自転車を持って一緒に渡るようにしているのだ。

そのときも曲がってくる車に巻き込まれないように道路の1m前のあたりで止まっているようにいっているのだが、今のところこの約束は守っているものの何だか危っなかしくて、公園までの道のりは毎回ハラハラさせられどうしだ。


よそ見をしながら茂みに突っ込んだり、補助輪を何かにぶつけてひっくり返ったり、歩道だからといっても、たまに他の歩行者や自転車が通りかかるので、危なくて犬のリードをもう一本用意してケイタの自転車につないで歩きたいくらいだ。


そんなこんなで公園に着くとほっとする。とりあえず公園の中ならそれほど危なくないから、ケイタを自由に遊ばせることができる。





公園を何週か自転車で回った後、

「山の上でジュースを飲もう」とケイタが言う。

公園の小山の斜面に座って、途中の自動販売機で買ってきた野菜ジュースとお茶を二人で飲む。何故だかケイタは公園の小山の上に上ってあたりの景色を楽しみながらジュースを飲むことを好むのだ。

かたわらにコロを座らせておやつのドッグフードを少しずつ与えながら、ケイタと斜面に腰を下ろしていると、何だか僕まで楽しい気持ちになってくる。

「キャンプみたいだねー」
「キャンプというよりハイキングだろ」」

そんなことを言いながら、ケイタは野菜ジュース、僕は緑茶か無糖のコーヒーを飲んでいると、西の方の空が見る見る赤く夕焼けに染まっていく……


なーんて書くと、いかにも穏やかな散歩の風景だが、実際は、公園に入ると犬のコロは他の犬にちょっかいを出したくてしょうがないみたいだし、あたりの茂みに残る他の犬の臭いを片っ端から嗅いでまわり、何だかたくさんの情報を集めることに夢中で僕の言うことなど聞きもしない。

ケイタの方もおとなしいのはジュースを飲んでいる時だけで、小山の茂みに潜む見えない敵を相手に戦っては、
「やっ、やられたぁー」といいながら芝生の上をころころと転がり落ちてくる遊びに夢中になっている。
「くくぉー、まだ、まだぁあああー、今度はまけないぞぉおー」
と例のごとく一人芝居の世界に入って遊んでいるのだ。

僕のほうは夕焼けを観賞する余裕もなく……、

「コラッ、コロ、引っ張るんじゃない!」
「ケイタぁー、転がるのは芝生の上だけー、土のうえじゃ、転がらないよォー」
「裸足で走らない!、ほら、ぬげた靴をはいてェー」
「よその犬のウンチを棒でつつくんじゃないッ!」
「コロ、引っ張るなってんだろうがぁー、もう、オシッコは玉切れだから、引っ張るなってー」

そうやって夕方の4時前から1時間ぐらい遊んでいると、帰るころにはあたりは真っ暗になってしまっている。

不思議なことに公園の中ではリードを引っ張って大変だったコロも、一歩公園を出るとおとなしく僕の横を歩調をあわせてついてくる。
これだけを見るとしっかりと「ツケ」のしつけができた賢い犬のようだ。どうやらコロは『この公園の中では傍若無人にふるまってもいい』というコロなりのルールを自分で作っているようなのだ。

暗くなってしまった歩道帰るとき、ケイタに自転車のライトをつけさせる。
このために100円ショップで自転車用の電池でつくライトを買ってきて幼児用の自転車に取り付けた。。
乗っているケイタのためではなく、他の自転車や車の運転手にいち早くケイタの自転車を発見してもらうためにこのライトはつけているのだ。
前だけでなく、自転車の後ろにも点滅する赤色灯をつけて、すっかりと暗くなった道を帰ってくる。

さんざん公園で走り回ったり山を登ったり下りたりしているので、さすがにケイタも疲れたらしく、自転車の速度が遅い。
また疲れてくると余計によく転ぶようだ。
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by tonjies | 2004-01-09 23:18 | 豚児1号 ケイタ
凧あげ
(ケイタ)
凧あげ         



渓太を連れて近所の公園に凧揚げに行った。
お正月なので公園のあちこちで親子連れが凧を揚げている。この日はあまり風が無く子供たちは苦戦しているようだった。

僕自身も凧揚げなど数十年ぶりなのだが、そこは昔取った杵柄(言い回しが我ながら、古い…いつものことだけど)、指先をちょっと舐めて風向きを確かめると、ひょいっと風を捕まえてたこを上げてしまった。

ぐんぐんと高度を稼いで糸を出しきると、上空には安定した風が吹いているらしく凧が青空を泳いでゆく。
渓太に糸を持たせると、凧揚げというのがよくわかっていないらしく、手を離してしまうので、慌ててたこを追いかける羽目になった。

最初のうちは喜んでいた渓太もすぐに飽きてしまったのか、あたりを走り回って一人で遊び始めた。


糸が絡んでそれをほぐそうとしていると、ケイタがわざとたるんだ糸をめがけて走ってきた。
ケイタ、ダメ!といっても、そのまま絡んだ糸と凧をズルズルと引きずって逃げていく。それを追いかけると、ますますケイタは喜んで、キャッ、キャッキャと言いながら逃げていってしまうのだ。
d0046853_23174110.jpg申年だからといってサルではあるまいし……
でも、凧を引きずって走り回っている方がケイタには面白いみたいだった。


まあ、ケイタが楽しめばそれでいいか。
と僕も思う。



d0046853_23182357.jpg

ウンチ(のおもちゃ)を棒に指して走り回るケイタ

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by tonjies | 2004-01-03 23:07 | 豚児1号 ケイタ
ケイタとガク
ケイタとガク

d0046853_14134320.jpg




子どもが生まれたなら、その子を育てる(もっと正直に言えばその子を変える)のは当たり前のことと思われているが、もしそれが正しくないとしたら。

もし生まれた子どもたちのほうがより完成された存在であり、逆に彼らがわたしたちを育ててくれると考えたら。

実際のところ、わたしたちが子どもの成長を助けるように、彼らはわたしたちがより分別のある人間になるのを助けてくれる。

わたしたちが人生のルールを教えるように、わたしたちに人生のより深い意味を示してくれる…。

ジョー・キタ 『The Father's Guide to the Meaning of Life』より     

 
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by tonjies | 2004-01-01 14:12 | デジカメ日記