豚児1号ケイタ          (12歳 1999年11月生)    豚児2号ガク           (8歳 2003年10月生)    ころすけポー (このBlogを書いている豚児たちの父親)   
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人間関係に悩む
(ケイタ)
人間関係に悩む



「オレは、どうしたらいいか分からなくなってしまうんだ…」

ケイタが母親に相談をもちかけたのは、幼稚園での友達関係の悩みだった。

ケイタは幼稚園で同じクラスのD君と遊んでいることが多い。D君とは入園前の体験クラスでも一緒だったこともあって、二人でふざけっこしている姿は僕も何度か見たことがある。ケイタの話でもD君の話題が多いのだが、最近そのD君とケイタが遊んでいると、同じクラスのT君がやってきてケイタを連れて行こうとするらしい。

T君はケイタだけと遊びたいと思っているようで「D君とは遊んじゃダメだ」と言うのでケイタも当惑してしまうようだ。ウチのカミサンも先日の運動会でも休み時間に強引にケイタを引っ張っていくT君の様子に気がついていたという。

「ケイタはどっちと遊びたいの?」と聞くと、ケイタとしてはD君とも遊びたいしT君とも仲良くしたいと思っているようで、冒頭の発言のように「どうしたらいいのか分からなくなってしまう」らしい。

カミサンから報告を聞いて、なるほどなぁと思った。ケイタをめぐる三角関係といったところか。

「女の子の間ではよくある話だけどと、男の子同士でもあるんだ」とカミサンは言っていたけれど、独占欲や嫉妬の気持ちは男女を問わずあって当たり前だし、幼稚園児とはいえ友人に対する思いも様々だ。

ケイタのようにのんびりしている子どももいれば、自分の気持ちをストレートに出してくる子どももいるだろう。

「ケイタがその時遊びたいと思っている方と遊べばいいんだよ、といっておいたけど…」とカミサンが心配していた。

子ども同士のことだから、放っておくのが一番だ。余程のことがない限り親が勝手に子ども同士の関係に介入すべきではないと僕は考える。

ケイタは片方の友達とだけ遊べば残された片方の友達がかわいそうだと思う気持ちがあるのだろう。そういう友人たちとどう付き合っていくか、大袈裟に言えば人間関係を学んでいる最中なのだから、ケイタが今悩んでいるそのことこそが大事なことだと思う。

どうしたらいいのか悩むことはいいことだ。そこから時間をかけてケイタなりの解決策を見つけ出していけばいい。そうやって作り上げていったコミュニケーション力こそが借り物でない自分の力となるはずだ。

人間関係の基本を学びつつあるそんな大切な時期に、下手に大人の思惑を持ち込んでせっかくの学習の機会を失ってしまうとしたら本当につまらないことだと僕は思う。

子どものためと言いながら目先の問題に安易に手を貸すことで、子どもから自らが成長する力を奪い取っている大人が多い。

ただ話をよく聞いてあげるだけで十分なのだ。
ミヒャエル・エンデの『モモ』は黙って話を聞くだけで、人の心を溶かし悩みを解消させる能力を持っている。モモは助言を与えるでもなく何も言わないのだが、周りの人々は、自分の悩みをモモに向かって話すことによって解決の糸口をつかむことができるのだ。

黙って話を聞いているのは本当は難しい行為だ。普段の時ですら目の前にいる人に何か気の聞いたことを言おうと努めている人が多いのだから、まして相談を受けた場合、アドバイスや指示や励ましの言葉を出せないでいると、自分の無能さを露呈するようでとても二人の間の沈黙には耐えられそうもない。自分の貧しい体験を誇張して取り繕ったり、誰かハウツウ本から借りてきたうそ臭い知識をさも自分の意見のように滔々と述べてごまかしてしまいがちだ。
でも、そんな薄っぺらな言葉をいくら並べてみても、悩んでいる人の心の琴線に響かないし、励ましにすらならない。


小手先のワザを使うよりも、その日の幼稚園での出来事をよく話してくれるケイタに、その時どう思ったかどう感じたかをよく聞いてあげようと僕はカミサンと話し合っている。
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by tonjies | 2005-10-29 01:22 | 豚児1号 ケイタ
動物村で
(ガク)
動物村で

ブタさんと豚児2号ガクd0046853_11491838.jpg
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 (※注  青いズボンをはいている方が、ガク )




ケイタの通っている幼稚園に移動動物園がきた。今年は週1回の体験教室に通っているガクも連れて行った。

我が家には大きな犬や猫がいて、それらに普段接しているガクは動物にたじろぐ様子なく、すぐに近づいていった。


ムツゴロウのように動物を愛でるガク
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「よしー、よしー」と言いながら背中をなぜるのが好きなようだ。

ヤギや羊の丸いフンをつまんで口に入れないか心配してしまった。ウサギを追いまわした大きな動物に触ってみたり、ガクは嬉しそうに走り回っていた。


そんな楽しい時間はあっという間に過ぎてしまって、帰る時にはもっと遊びたいというガクをなだめるのがたいへんだった。移動動物園の係りの人が片付けをはじめても、ウサギと一緒にいたいと思っているらしく、いつまでもグズっていた。

「そんなに泣くのなら移動園のおじさんに一ヶ月ぐらい預かってもらって、動物達と一緒に各地の巡業について行くか」
と言って抱き上げると、ガクは珍獣のような奇声を上げて暴れだした。

こんなに気性が激しくて暴れる動物は移動動物園では引き取ってもらえそうもない。
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by tonjies | 2005-10-25 11:51 | デジカメ日記
「わかった」と反省をするサル
(ガク)
「わかった」と反省をするサル



このところだいぶ知恵がついてきたガクはイタズラも激しくなってきた。今しまったばかりのオモチャをひっくり返したり、食べ物でいたずらをしたり、寝ているおにいちゃんにちょっかいを出してみたり…と、その行動を観察していると、どうも僕たちが『いけないッ』ということをワザとやってみたいと思っているようだ。


運動会やサッカーの練習で疲れて先に寝てしまっているお兄ちゃんに、

「お兄ちゃんも、ようちえんで疲れているんだ…そっと寝かせておいてあげよう」

という気持ちはさらさらないらしく、そっと遠まわりに少しずつ近づいてみたり、なんとか起こして遊んでもらおうと画策している様子は、その意図がミエミエなだけに見ていておもしろい。

そんなイタズラに「ガクチャン、メッ!…メッだよッ!」と怒られると、ガクが決まってこう言うのだ。

「わかぁーたぁー」

可愛らしい声で、分かったといいながらも少しも解っていないらしく、その舌の根も乾かないどころか、そう言いながら同じことをくり返えしている。

こいつは全然わかってないな、とそのたびに思う。

ガクは「ガクチャン、分かったぁ?」という母親のセリフに反応して「わかった」という言葉を憶えてしまったようだ。

それ以来、何か注意されるたびに、この「わかぁーたぁー」をくり返している。
言葉を覚え始めているガクには意味もよく解らずに使っているのだということは十分承知しているのだが、小うるさい母親にはそう言っておけばいいやと思っているようにも聞こえるから不思議だ。そんな口先だけの言葉にはもちろん反省の色はカケラもない。


でも、その喋り方があんまり可愛らしいものだから、母親をはじめ皆それだけで許してしまっているところがある。アイドルは可愛いという免罪符だけで何もかも許されてしまう。そういう意味でガクはケイタを含めた僕たち家族のアイドルのような存在になっているのだ。


そんなガクに、僕は、

「いいかい、ガク、人生をなめてはいけない。そんなことが許されているのは、小さいうちだけだからなッ!」

と言いきかせている。


少しぐらい可愛いからといっていい気になるんじゃない。

少しぐらい・・・可愛いからといって・・・

少しぐらい・・・



ガクちゃん、可愛いッ! (ムギュッゥウウウ・・・)

負けた……




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イスの上で寝てしまったガクの寝顔・・・
泣き叫んでいる時の鬼瓦権造のような顔と比べると別の子のようだ。

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by tonjies | 2005-10-22 15:58 | 豚児2号 ガク
おしっこを教える
(ガク)
おしっこを教える
ちんこくん、こんにちは



「ちぃーちぃー…」
おしっこをした後、パンツ状のオムツからチンコを引っ張り出してガクがそう言っている。

『おしっこしたよ』と教えてくれているのかと思ったら、どうもそうではなく、引っ張り出したチンコを痒がって掻いている。 たぶん、オシッコしたオムツが熱いのが不快なのだ。

ずり下げたズボンのから小さなチンコが顔を出している姿はなんだかおかしい。
そのままおしっこをしないか心配ではらはらしてしまうのだが、そうやってチンコを出しているのはオシッコをした直後のようでそのままオシッコをするような気配はない。

「オシッコを教えてくれたんだね、ガク。えらい、えらい」 となだめながら可愛らしいチンコをしまうのだが、ガクは「ちぃーちぃー…」 といいながらまたすぐに出してしまうのだ。
これがおしっこをする前に教えてくれるなら、ケイタの時に続いて『パンツへの道・第二章』の始まりなのだけど、どうもそうではないようだ。

ケイタがよく口にする言葉に『チンチン、ブラブラ、ソーセージ』というのがある。僕には意味がよくわからないフレーズなのだが、どういうわけかケイタは気に入っていて節をつけて歌うかのようによく『チンチン、ブラブラ、ソウセージ…』とふざけて遊んでいる。

シャウエッセンのような皮付きウインナーが食べられないケイタは、もっぱらお子様向けの『皮無しウインナー』を食べているのだけど、そのウインナーを一回り小さくした感じがガクのチンコサイズだ。

チンチン、ブラブラ、ソーセージ

ちょこんとチンコを出しているガクをみる度に、僕はケイタのこの意味無しフレーズと皮無しウインナーを連想してしまう。もちろんガクの方は『皮無しウインナー』ではなくて『皮有りウインナー』なのだけど・・・
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by tonjies | 2005-10-20 23:16 | 豚児2号 ガク
CMが嫌いだ
(ガク)
CMが嫌いだ



10月でガクも2歳になった。昨年の1歳の時には「ガクの生誕200周年記念の199年前」と書いたが、今年は「生誕200周年記念の198年前」にあたる…といっても昨年同様あまり意味はないけれど…

我が家では10月にガクのお誕生日があり11月にケイタ、12月はクリスマスにお正月と子供たちにとって、プレゼントがもらえる楽しい行事が続くのだ。

2歳になったガクはこのところアンパンマンがマイブームらしく、暇さえあれば、「あんぱん、あんぱん、」と言っている。
これは「僕はアンパンマンのビデオが見たいです」という意味なのだ。よくもまあ同じビデオをくり返しくり返し観て飽きないものだと思う。何回も見せられてビデオの内容にはうんざりしている大人たちにとっては、同じところで同じように喜んでいるガクの反応をみているほうがずっと面白い。

映画のビデオならいいのだが、これがTV番組だとガクはCMの度に怒っている。最初はガクが何で怒っているのか分からなかった。どうやら彼はCMが始まるとその番組が終わってしまったと思うらしく、そのたびに癇癪を起こしているのだ。好きな番組(解りもしないのにクイズ番組が好きだったりする)が始まったとおもったら、CMで中断されることがガクには許せないらしい。

「ガクちゃん、いいかい、この局はNHKじゃないのだから広告収入で利益をあげざるを得ないんだ…下らないCMを見せられるのは癪に触るけどね。でもこれもひとつの情報として考えればそう悪いものじゃない…でも、確かに消費者金融とゲームソフトのCMが幅を利かせている社会というのはそうとう歪んだ社会だとお父さんもおもうけどね…」

CMのたびに泣きながらTVモニターに八つ当たりをしているガクに、僕は静かに言い聞かせている。

僕はすっかり忘れていたのだが、カミサンの話だと、ケイタも同じようにCMのたびに怒っていたらしい。民放はこういうものだという固定概念がない子どもらしい発想だけど、ひょっとしたらその方が正しいTVの見方かもしれないと思うのだ。
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by tonjies | 2005-10-16 23:37 | 豚児2号 ガク
読書の秋

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仲良く見ているのは、たまごっちの攻略本だけど・・・






おにいちゃん、ボクはまだ字がよめましぇん…

『読書百ぺん意おのずから通ず』 といってだな、何回も見ていたらそのうちに分かるようになるんだぞ、ガク・・・
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でも・・・ボ・・・ボクは・・・TVの方が・・・
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by tonjies | 2005-10-14 11:41 | デジカメ日記
運動会にて 身体を鍛える
運動会にて
身体を鍛える


私はかつて海辺で『貧弱な男』と呼ばれていた…
でも、ブルーワーカーを買って、2週間…いまや『たくましい男』と呼ばれている…


というような通販広告に騙されて、筋力アップ器具を使っているわけではないが、このところケイタの身体つきが少しずつたくましくなってきた。
サッカークラブ等で運動をしているからか、以前はヒョロヒョロしていた身体に筋力らしきもの付き始めて、だんだんと幼児体型から少年らしい身体つきに なってきている。

先日の幼稚園の運動会の時に特にそう思った。

d0046853_2140592.jpg年長になったケイタたちは、組体操やクラス対向リレーなど身体を使った出し物が多い。ケイタの通っている幼稚園では、年長の男子は上半身裸になって綱引きを行なう。毎年の恒例で綱引きの前に上半身裸になった男子が『空手』のような演技をするのだ。

裸に紅白のたすき掛けをした姿は幼稚園児ながらなかなかカッコいい。
一昨年、年長の男の子がやっているのを見てから、僕はケイタが年長になってこの演技に参加するのを楽しみにしていた。

家でもケイタは「ソイヤッ!、ソイヤッ!」と張り切って何回も練習していた。ケイタの歌うのを聞いていると、今年の振り付けは一世風靡セピアの「前略、道の上より」らしい。一世風靡セピアとは懐かしい音楽を選んだものだ。もちろん園児達はそんなグループは知らないし、ケイタのお友だちの男の子など、母親に今年の音楽は「ソーラン節だ」といっていたという話を聞いた。

運動会の本番では、一世風靡セピアの音楽は上半身裸の男子に妙に似合っていた。
「そいやッ、そいやッ!」と掛け声も勇ましく、演じている年長の男子たちはみんなカッコいい。
その中でもひと一倍張り切ってきびきびと演技をしているケイタの姿をみていると、成長したものだなと思わず涙がでた。

この綱引きの出番を待っている間も、ケイタは拳に力をこめて気合を入れていた。運動会係りのお母さんたちにたすきをかけてもらいながら、力こぶを作っている。見ていると、一人で、両手を胸の前で組んで引っ張ったり、押したりして胸の筋肉を鍛えるマネをしていた。
これは僕がお風呂の中で、こうやって上半身の筋肉を鍛えるんだよ、と教えたことなのだ。

健気に言われたとおりに頑張っている姿が可笑しい。
毎日見ているケイタの裸姿だけど、他の子に比べても引き締まったいい身体をしているように思える。


組体操でも、春先にはうまく出来なかったブリッジをきれいに決めてどの子よりも高くお腹を持ち上げていた。

このぶんなら、海辺で『たくましい男』といわれる日も近い…かもしれない。

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by tonjies | 2005-10-11 21:34 | 豚児1号 ケイタ
みんな違って、みんないい
みんな違って、みんないい


朝、長袖のジャージを幼稚園に着ていくように母親から言われたケイタが落ち込んでいた。先月の衣更え前の話だ。少し風邪気味だったので長袖長ズボンの幼稚園ジャージにするように母親が言ったのだが、クラスのみんなと違う格好になることを気にしてケイタはブルーになっていた。

最近ケイタは、こういうことが多い。少しでもみんなと違っていたりすることをひどく嫌がるのだ。サッカーの練習の時もそうだ。コーチが子ども達の名前を覚えるために最初は幼稚園の運動着を着ていくことになっていた。もう私服でもいいといわれて初めてTシャツで出かけようとすると、「みんなと違うんじゃないか」と朝から心配していた。

たぶん自信のなさの表れなのだろう。

「いいかい、ケイタ、みんなと違っていたら恥ずかしいという気持ちは分かるけど、そうじゃなくて、みんなと違っていたら目立ってカッコいいという考え方もあるんだよ」

と説明してみたが、まだケイタは恥ずかしいという気持ちが強くてとてもそうは思えないようだ。
子どもなら多かれ少なかれこういう傾向がある。みんなと一緒でありたいと思う気持ちは分からなくもないが、それをおもうあまり強迫観念に陥っているとしたらつまらないことだ。
学校や幼稚園などの集団学習の場の弊害といってもいい。学校生活(集団で教育を受けること)はいい面もたくさんあるのだけれど、個性を大切にという割には同じレールに乗ることを強いている。学校の構造自体が没個性の集団を育成することを目的としているようだ。

その中で「ひとはひと、自分は自分」と言い切れるだけの強さを持てる子どもがどれくらいいるだろうか。自分に自信ない子どもは周りに合わせることで自己防衛せざるを得ない。

学校というシステム自体、もともとは優秀な兵隊を作るために始まったものだ。優秀な兵隊=従順な上官の命令に絶対服従する没個性な国民(大人の言うことを聞く、大人の都合がいい子供)を作り出すため、集団で教育を受けさせるシステムを国家が考案し普及させていった。
そこでは個性的であることは害悪であり没個性こそが正義とされていた土壌がある。

もちろん今の学校教育はその目的は異なるし、いい面はたくさんあるのだけど、その構造そのものにかつての従順な兵隊育成のエッセンスが残っている気がする。
学校なんてしょせんそんなものだという認識が必要なのだ。学校を理想化したり幻想を抱くのはやめにしたほうがいい。その基礎認識からよりよい学校を考えていくべきだと思う。


みんな違って、みんないい。
一人一人が違うのだから、画一である必要はない。違うことは決して悪いことではない。

でも、日本の社会そのものにも同じことが言える。先月終った愛知万博でもそうだ。よくもまあ混んでる所にわざわざいくなぁーと感心するが、混んでいるからこそ人々はそこに行きたがるのだ。混んでいるからこそ出かけていって「やっぱり混んでいる」ということを確認したいらしい。人と同じ行動をとって安心することこそが最大の娯楽になっている。

特に最近の日本社会にありがちなこの集団への帰属性に僕は違和感を感じる。

「ひとはひと、自分は自分」と言い切れるだけの強さを持つことは大人でも難しい。
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by tonjies | 2005-10-10 05:28 | 思うこと
産まれる前の記憶
産まれる前の記憶



お風呂の中でケイタと話していた。

「おとうさん、コロは泳げる?」

「泳げるよ。犬掻きっていって前足をこういうふうに動かして泳ぐんだ」

「キリンは泳げるかな?」

「ケイタ、哺乳類の動物はほとんど泳げるよ。ほら、お母さんのお腹の中にいる時に羊水の中を泳いでいるんだから…ケイタもお腹の中にいたときにグニュグニュ動いてたよ。あれはきっとクロールをやっていたんだと思うぞ」

「お母さんのお腹をよく蹴っていたの憶えているか?」とケイタに尋ねると

お腹の中にいた頃のことをよく覚えていると言いはっていた。


「5回思いっきり蹴ろうと思ったけど上手くいかなかったんだ…だって、水(羊水)の中にもぐっていたから…」


お腹の中にいた記憶はともかく、ケイタは自分がまだ存在していなかった時代があるということがまだ理解できていない。
新婚旅行のビデオを見ていたとき、ケイタが言い出した。

「ケイタはどこにいるの」

子ども達を中心に撮っているので、うちのビデオには必ずケイタ自身が登場している。そんな映像しか見ていないから両親だげが映っていることに違和感を感じるようだ。まだ産まれる前のビデオには自分が映っていないという当たり前のことが、彼にはなぜだか不思議に思われるらしい。

「ケイタはどこにいるの」

「どこにいるのかなぁー。まだお腹の中にもいないし…きっと空気だったんだよ」

ケイタはあの時どこにいたのだろう…
と僕もふと思う。

僕たちはどこから来てどこに行くか…というのは人間の歴史が始まって以来の宗教的課題だ。

今、ケイタもガクもそこにいることが当たり前のようになっていて彼らが居なかった頃のことがほんの数年目のことなのに、僕にもよく思い出せない。遠い昔の幻のように感じてしまうのはなぜだろう。

あの時、ケイタやガクは本当にどこにいたのだろう。もう僕たち夫婦の子どもとして産まれるべくどこかでひっそりと準備していたのだろうか。

ありがとう。僕たちのところにやってきてくれて、
君たちに出会えて本当によかった。

こんな気持ちを持っていることを、少しづつ伝えていきたいとおもう。でも、それはすでにしっかりと伝わっているような気もするのだ。
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by tonjies | 2005-10-03 23:11 | 思うこと
幼稚園児とパソコン
(ケイタ)
幼稚園児とパソコン


何でも僕のマネをしたがるケイタはいつの間にかパソコンのいじるようになった。最初は戸惑っていたマウスのクリックも今では当たり前のように上手にこなしている。パソコンにTV番組を録画しているので、それを見たさにケイタはフォルダやファイルを扱えるようになってしまったのだ。今では勝手に自分でパソコンを立ち上げ映像やアニメの音楽を再生させている。
時々フォルダが移動されてしまって行方不明になることがあるけれど、子どもが触って壊れるくらいなら、パソコンの方が悪いと僕は思っている。

子どもは驚くほど物覚えが速い。

キーボードの扱い方にも慣れてきたようで、今ではプラウザの検索を使って好きな車の画像を呼び出して遊んでいる。

アルファベットはほぼ覚えているので入力はローマ字入力でやっている。僕はひらがな入力ができないので最初からローマ字入力を教えた。何度もうるさくローマでどう打つのか聞いてくるので、パソコン画面の横にローマ字入力表がはりつけた。

「ロードスター、R、O、D、O…]

検索文字を自分で入力したいためだけに、ブツブツつぶやきながら、キーボードを操っている。

ひらがなを書くことでさえつい最近覚えたばかりなのに、もうキーボードなのかと思う。

インターネットの世界はスターウォーズのフォースみたいなもので、僕のような善良なジェダイ(・・・自分で言うか…)もいればダークサイドにとらわれてしまった人びとも多い。
ネットの世界は間口が広いぶんだけ、玉石混交だ。暗黒面に陥ったひどいサイトから入ってきてしまう情報に判断力がほとんど養われていない子供達はあまりにも無防備すぎる。ある程度の判断力がつくまで誰かが守ってやらねばならないと思う。

ウイルス検索ソフトでフィルターをかけているのだが、それもイマイチ信用度が低い。
とりあえずアダルト系や暴力系のサイトには繋がらなくなっているけれど、それよりも大事なのは子ども一人しておかないことだと思う。あるいは一緒に観ながら親子で楽しむ・・・幸いうちのパソコンはみんながいつもいる居間に置いてあるのでケイタのやっているパソコンのすぐ側にいつも誰かしらいるようになっている。

先日、僕がパソコンに向かっていたら、ケイタが割り込んできた。

「オレのパソコンなんだから・・・(父ちゃんは使うな・・・)」

「ちょっと、待てッ!、いつからこのパソコンはケイタのものになったんだ?・・・これはお父さんのパソコンだよッ!」

ケイタのオモチャじゃない、といって聞かせると、不思議そうな顔をしていた。毎日、いじって遊んでいるものだから、ケイタは自分のものだと思っていたらしい。

彼がよく見ているのは、たまごっちのサイトかムシキング、車の画像サイトだ。NHKの子ども番組のサイトもよく弟に見せながら遊んでいる。まだ漢字は読めないので写真や画像がたくさんあるところがお気に入りなのだろう。


最近、僕が会社から電話をしても、

「いまパソコンをやっていて忙しいから」

といってケイタが相手をしてくれないことがある。

忙しいだと…


  
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by tonjies | 2005-10-01 02:53 | 豚児1号 ケイタ