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パンを買ってきた

パンを買ってきた


僕が幼稚園に入る前のことだと思う。長野の祖父母の所に遊びに行っていたときのことだ。
たぶん僕がいたずらをしたのだろう。まだ元気だった祖父にひどく怒られた。
「そんなに言うことを聞かない子はご飯抜きだ!」というようなことを言われたらしい。

すると、まだ幼稚園にも行っていなかった僕は、そのまま一人で外に出て行って近所の雑貨屋からパンを買ってきたという。
部屋の隅でそのパンを黙って食べている孫〈僕のことですが)を祖父母は呆れ顔で見ていた。

チビの癖に、なんて強情な頑固者なのだろう。

この話はその後、このおばあちゃんとおじいちゃんから、何回も聞かされた。

僕はその時、「おじいちゃんが食事は抜きだといったから・・・」と泣きもしないで言い訳をしたという。

うーん、さもありなん。このことは幼いながらもかすかに覚えている。
子どもの頃、自分は悪くないと思い込むと、誰に叱られようとも「世界中とでも戦ってやる」と思っていた。

今思い出しても、なんてかわいくないガキなのだろう、と思う。

家族の中で僕が一番年下で育ったからなのか、屁理屈と意地っ張りと負けん気だけは誰にも負けない、といつも思っていた。肩に力を入れすぎて、空回りがする事の方が多かったけれども、僕はそれでよかったと思っている。

もう一度、あの頃からやり直してごらん、といわれても、たぶん同じようにしか生きられないだろう。それならめんどくさいから、やり直すのは勘弁してもらいたい、などと考えてしまう。

自己主張をし始めた、息子が同じような意地の張り方をたまにする。
時々、幼い頃の僕のような「頑固さ」「かたくなさ」を垣間見せる。


そんな姿に出会うと、
「ああ、これは…」と思ったまま、愚かな父親は何もいえなくなってしまうのだ。
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by tonjies | 2005-11-23 09:50 | 遠い思い出
電車の中で
電車の中で


僕は、子どもは電車やバスの中では立っているもんだ、というように親から躾けられた。
老人や身体の不自由な人、あるいは妊娠してる人、赤ん坊を抱いたお母さん…等はともかく、元気の盛りの子どもが公共の乗り物の中で座る必要なんかない。
成長期の子どもなら、三半規管の発達や平衡感覚が養われるし、子どもは立たせておいたほうがいい。

「すわりたいよぉおー」と駄々をこねている子供を見かけるたびに、
「誰が代わってやるものか!、このクソがきがぁー」と思う。
そんなガキの親に限って、「そうねぇー」などとこれ見よがしににらみつけてくるバカ母が傍らにいたりするが…そんなもの無視して寝たふりをするだけだ。


僕がまだ3.4歳の頃だから、兄はまだ小学生になったばかりの頃のことだ。僕は少しも覚えていないのだけれど、後に母親から何回も聞かされた話がある。

僕と兄を連れて電車に乗ったとき、その車両の中でひとつだけ座席が空いていた。
めざとくそれを見つけた小学一年生の兄が、走っていってその座席にちょこんと座ってしまった。
その時、僕がその車両じゅうに聞こえるような、大きな声で、

「だめだーだめだぁー、おかあさんが、すわるんだぞぉおー」

と叫んだという。

電車やバスの座席は大人の人が座るものだと、3.4歳の僕は思い込んでいたようだ。
兄に代わってその座席に座った母親に車内の視線が集まった。その目は感心したような、悪い意味じゃない笑いを含んだものだった。
親思いの幼い子供の母親として、ちょっと胸をはりたいような気がした、と母がよく言っていた。

残念だけど、僕にはこの記憶がまったくない。だけど、兄はかすかに覚えているらしく、今でもたまに、
「よくも公衆の面前で恥をかかせてくれたな!」と冗談で言う。
数十年前には親孝行を絵にかいたような子供だった僕も、その後の度重なる親不孝の数々で、プラスマイナスはゼロになってしまったようだ。

それにしても、はるか昔の話だ。時代は変わってしまったけれど、それでもどこかに、いまでも、

「だめだーだめだぁー、おかあさんがすわるんだぞぉおー」

といっている子どもがいるような気がする
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by tonjies | 2005-11-21 18:52 | 遠い思い出
“黄金の日々”が待っている
(ガク)
“黄金の日々”が待っている



数少ない単語ながらガクも少しずつ言葉を覚え始めてきた。だが、それも短いモノの名前ばかりでなかなか自分の意思表示には使えていない。ノリスケさん家のイクラちゃんが「ダーダ」という言葉だけで全ての会話を成立させてしまっているのを知ってか知らずか、自分も「あぐぁァ~ッ!」 と言えば自分の意思が伝わるとでも思っているようだ

『引出しが開けられない』 『おもちゃの入っている押入れを開けて欲しい』 『イスの上に乗りたい』

未だに自分一人では出来ないことに直面すると、これまでのガクではその前で「あぐぁァーッグァビャァーッ」 と癇癪をおこしていただけだったのだが、最近では少しそれが変ってきている。

叫びだす前に誰か大人の手をとってそこへ引っ張っていこうとするのだ。

誰かの手を借りて自分の目的をかなえようとする知恵がついてきたらしく、「こっちぃ、こっちぃ」 と促しながら手を引っ張っていく。

「開けて」 とか言えばいいのだが、ガクは言葉による伝達よりも現場に連れていって理解を深める方を好むようだ。

好きな車や電車の絵本を見ている時も、誰かの手を借りることが多い。自分で指さして車の名前を言うのではなくて、なぜだか僕や母親の指を引っ張っていって指さす方がお気に入りのようだ。小さい手のひらでガシっと人差し指をつかんで強引に自分の好きな電車や車の写真に持っていようしている。

そうすることで彼はクイズを出題されているような気になるのだろうか、得意気に叫ぶ様子は
『ファイナルアンサー』に答える解答者のようだ。

「はぺんッ、はぺんッ」 (ダイハツのコペンのことらしい)

「いいぷれっっしゃー」 (スバルのインプレッサ)

「しんーかんしえん」 (新幹線)

その言い方がかなり訛っているのがおかしい。


そんなガクがこのところ母親に甘える時に時々、

「ままぁー、だぁーいっき」 と言っている。母親に言わせるとこれは「ママ大好き」と言っているらしいのだが、トコトコと走っていって抱きつく様子はなかなか可愛らしくみていてうらやましい。

悔しいことにこれをするのは今のところ母親だけで、僕にはしてくれない。

僕が「ガク、だあーい好き」とガクにすりすりしようとすると、そのワザとらしさを察してなのかさっと避ける仕草をする。
さらに気に入らない時には「フンッ!」 と払いのけられてしまう。普段は飛びかかって来たりよく遊んでくれるのになぜだかこれだけはしてくれない。
カミサンが気を利かせて「オト、大好きっていってごらん」と促しても聞こえない振りをしたままだ。

そんなに露骨に嫌がらなくても…と父は思う。

でも、僕には分かっていることがある。ケイタの時もそうだったのだ。

ママ大好きといって母親べったりになっているのは2歳か3歳ぐらいまでのことで、もう少し大きくなってくるとこちらにも勝機がやってくる。プロレスごっこや様々な戦いごっこなどの男の子の遊びを覚えてきてからが、父親である僕の出番なのだ。今のケイタがそうであるようにこの先もっとガクと仲良くなれる時間が増えていくのは間違いない。

これから父親タイムの始まりだ。たぶんこの先10年足らずの期間限定なのだけど、子ども達の心の中で父親がその役割を果たしてあげられる“黄金の日々”が待っている。

自分の子どもとしてでなくとも一人の男の子の成長に身近に付き合っていくことはとても得がたい体験だと思う。
それは、この先続くであろう家族の歴史の中でもこの時期にしか味わえないものなのだ。
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by tonjies | 2005-11-19 01:08 | 豚児2号 ガク
幼い兄弟
幼い兄弟


先日、宮崎アニメのトトロを見ていてふと気がついた。
このメイちゃんたちのお母さんが入院しているのは人里はなれた療養所だ。時代背景を考えると、このお母さんは、たぶん結核で入院しているのだろう。

あの時のわが家も似たような状況だったのかもしれない。

それは僕が生まれてまもなくのことだ。母親が結核で入院した。

以下の話は赤ん坊の僕は全然覚えていない。後になって周囲から聞いた話なのだが、当時大阪に住んでいた僕たち家族は、母が入院することになってバラバラになってしまった。
3歳違いの兄とまだ赤ん坊の僕は、長野にいる母方の祖父母の家に引き取られることになった。
本当は兄は父方の実家に僕が母方にそれぞれ引き取られるはずだったのだが、母方のおばあちゃんが「幼い兄弟が離れてしまうのは可哀想だ」といって、ふたりとも預かってくれたのだ。

どのくらいそこに預けられていたのだろう。後に母が僕のオシメは代えたことがないといっていたので、だぶん2年ぐらいかもしれない。

そのおじいちゃんとおばあちゃんにはずいぶん可愛がってもらった。

その家にいたときのことだ。
赤ん坊だった僕はなんにもわかっていなかったけれど、両親と離れ、よその家に引き取られて兄はさびしかったのだろう。

寝ている赤ん坊の僕に向かって、3歳の兄が大阪弁で話しかけていた。

「けんじィー、ここはな、よそのおうちやで…、けんじのおうちは、おおさかやでぇ」

隣の部屋でそれを聞いていた祖父母は、幼い兄弟がかわいそうで涙を流した。


退院した母親が僕たちを迎えにきた頃には、僕はすっかりおばあちゃん子になってしまっていて、連れて行くのが大変だったらしい。

もう亡くなって久しいけど、祖母はこの話をするたびに涙ぐんでいた。
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by tonjies | 2005-11-18 14:45 | 遠い思い出
父ちゃんに言いたいことがあるんだ
(ケイタ)
父ちゃんに言いたいことがあるんだ



休日の夕方ケイタと一緒に犬の散歩をしていた時のことだ。公園のベンチで座って休んでいると突然ケイタがこう言いだした。

「とうちゃん、オレは父ちゃんに言いたいことがあるんだ…」

改まった口調でそう言うので何事かと僕は思った。


「とうちゃん、オレは、言いたいことがあるんだ…」

「お、おう、言いたいことがあるんなら、何でも言ってみなッ…ちゃんと聞いてあげるから」

「オレが、言いたいのは…」といってその後がなかなか言い出せないようだった。

公園の池の向こうの空にちょうど夕日が沈んでいく。その夕焼け空が池の水面に映っていた。夕方のエサをもらう水鳥達がにぎやかに動き回るたびに水面がきらきらと輝いてみえる。何回か「オレが言いたいのは…」とくり返した後に重々しくケイタがしゃべり始めた。

「オレが一番好きなのは、ガクなんだ」

「???…」

「オレが一番すきなのは、ガクなんだ」

「…ああ、そうか、それがケイタが言いたかったことなのか……」

「そうだよ」

「そりゃーガクもお兄ちゃんのことが好きだと思うぞ。いつも後ばかりくっついてお兄ちゃんの真似ばかりしているんだから」
なんだそんなことかと思いながら、僕はやっと、ケイタの芝居がかった言い回しにひっかかったことに気がついた。


どういうわけかケイタはこんな感じで、たまに小芝居の入ったことをするのだ。本人はふざけているわけではないのだが、芝居がかったセリフがとび出すことがよくある。

この前も電話口で、「父ちゃんに聞きたいことがあるんだ…」と改まった口調で言うので何を言い出すのかと思ったら、続けて「父ちゃんは車で一番好きな車は何?」と訊いてきた。
どうも彼独自のケイタワールドがあるようなのだ。

それでも、「父ちゃんに言いたいことがあるんだ」という意味深げなフレーズはずっと僕の耳に残っていた。寒くなって渡り鳥のカモの数が急に増え始めた池の水面をみながら、僕は、ケイタは何がいいたかったのだろう、としばらく考えていた。


この話をカミサンにしたら、先日寝る時にも「ガクが一番好き」と言っていたらしい。2番目はママで、「お父さんは?」とカミサンが訊くとケイタは、

「父ちゃんは、01番!」と答えたという。01番というのはケイタに言わせると一番よりも上らしい。“0.1”ということなのか。

たくさんケイタの相手をして遊んでいるからなぁーと僕は思ったが、3番に降格してしまったカミサンは少なからぬショックを受けていた。

父ちゃんに言いたいことがあるんだ…というケイタの真面目な顔を思い浮かべながら、あれはこのことだったのかもしれないな、と僕は思った。
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by tonjies | 2005-11-14 19:20 | 豚児1号 ケイタ
遊園地で
(ケイタ)
遊園地で



よく晴れた秋の空が広がっている休日に、ケイタとガクを連れて東武動物公園に出かけていった。
ここは車で20分ほどなので何回か来たことがあるのだが、来るたびに天候が悪く散々な思いさせられるところなのだ。
あたりは田んぼだらけのところにあるからなのか風がやたらと強く、木枯らしが冷たく吹きすさんでいたり、春の嵐に桜の花びらが乱れ飛ぶような日にばかり来ていたので、先日のような穏やかに晴れた日にここを訪れるのは初めてだった。

遊園地の中をのんびり歩いて、気持ちがいいそよ風ので秋の休日を過ごしていると、絵に描いたような家族サービスに少し気恥ずかしい思い感じた。

以前ケイタを連れてきた時には身長が足りずケイタの乗れるアトラクションはほとんどなかったのだが、今回は少しは楽しめそうだ。

でも、臆病なケイタはお子様向けのジェットコースターも嫌がるしあまり乗り物に乗りたがらない。
結局スーパーの屋上なのでよく見かける100円で走るバッテリーカーが一番気に入ったようだ。

ガクはさらに乗れるアトラクションはなくて、これも100円でゆれるだけの新幹線の乗り物が気にいた。出入り口にあったのでは遊園地に入るなりそこで捕まって、

「しんかんしぇん、しんかんしぇん、(新幹線)」といい続けていた。

おいおい、そんなものはそれこそどこにでもあるじゃないかと思っても、ガクには関係ないらしく乗せるまで泣き叫んでいた。

ガクはまだ遊園地で遊ぶ年齢ではないのかもしれない。アトラクションよりも広いところで走り回れればどこでも楽しそうだった。

ケイタは怖がりの癖にお化け屋敷に興味があるらしく、しきりに入ろう入ろうと言う。まだお化け屋敷に入ったことがないので、中がどうなっているのか知りたいのだろう。
たぶん泣くだろうなと思いつつ、ガクを連れてみんなで入ったのだけれど、これは失敗だった。

西洋風のお化け屋敷でそれほど怖いものなどないのだが、暗いというだけで入ったとたんにガクが泣き出すし、臆病なケイタは数歩も行かないうちに「出口に行こう、出口はどこ?」と涙声になっていた。
やっと出口にたどり着いて外に出ると、ケイタはばったりとその場に倒れしまった。打ちのめされたという感じだ。彼らしいオーバーアクションで今の気持ちをあらわしている。これでたぶんしばらくはお化け屋敷に入るとは言わなくなるだろう


お化け屋敷は失敗だったけれど、カートはケイタも楽しめたようだった。運転はできないのだが車好きなケイタは僕の隣でうれしそうだった。
コースを半周ほど着たところで1台のカートがコーナーに突っ込んで動かなくなっていた。中学生くらいの男の子が二人でハンドルを目いっぱい切ってアクセルを吹かしているものの壁のゴムクッションにひっかかって動けずにいた。カートにはバックのギアがないから前にも後ろにも動けないのだ。
ここのカートはセンサーがついていて前の車と近づきすぎると勝手に止まってしまう。僕の車も少し前で止まってしまった。仕方がないのでケイタにチョッと待っていろよと声をかけて車から降りて前の車を助けてやった。アクセルを放させて後ろに押してコースに戻す。自分のカートに戻りかけるとカート係の職員がやってくるのが見えた。

そんなことだけでも、幼稚園児のケイタにはすごいレスキューをやったように映ったのだろう。走り終えてカートから降りると、

「とうちゃん、スゲェー、すげぇーよ、とうちゃん」 と何度もいっていた。

こんなことで息子の尊敬を勝ち得るとは、少し面映いが否定はしないでおいた。

幼稚園児はこんなことでも感動してくれるという驚きの方が、僕には感動に値するものだった。

すげぇーよ、ケイタ…
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by tonjies | 2005-11-07 22:59 | 豚児1号 ケイタ
悲しいときィィー
(ケイタ)
悲しい時…
気が弱くなってしまうこと



このところのケイタは気が弱くなってしまいがちだ。どういうわけか急にさびしさと不安感におそわれるらしい。

運動会が終わった頃からなのだけど、何故だか急にさびしがり屋の甘えん坊に戻ってしまったようで、お父さんとママがどこにいるのか…不安な気持ちに駆られる時がよくある。サッカーの練習や移動動物園なの催し物で、少しでもそばにいないとあたりを見回して僕らの姿を探していた。常に見守ってもらいたいと思っているようで、離れていても僕らの姿をみとめると安心するようだ。

「ママがどこにいるかわからなくなってしまうのが嫌なんだ」 とよく言っている。

もっと小さかった時はともかく、年長になってからはこんなことはなかったのだが、このところこんな調子で以前の甘えん坊の顔がのぞいている。
どうしてそんなに悲しくなってしまうのか、と尋ねてもケイタは「話したくないんだ」というだけだった。

子どもの心の成長は、『3歩進んで2歩下がる』ような一進一退のところがあるから、今のケイタはたまたま気の弱い時期なのだろう。暖かく見守っていればそれが自信にも繋がるし、また時期がくれば自律への次のステップが始まるのだと思う。

だから根掘り葉掘りその理由を問い詰めるようなことはしなかったのだが、しばらくして母親に少しずつ話してくれたことによると、たまたまケイタの仲のいいお友達がみんな小学校の入学説明会に行ってしまって、幼稚園で一人で遊んでいる日が何日かあったらしい。

その時感じた寂しさをひきずっているようなのだ。
ケイタの入学する小学校とは学区の違う子が多くてそれぞれその説明会の日時が違う。みんな行ってしまったのに自分が取り残されたような気がしたのだろう。

友達と小学校が違って来年には別れ別れになってしまうことも、その背景にあるらしいのだけど、そんなことは父親の転勤で幼稚園や小学校で何回も転校を経験している僕に言わせると甘い甘い。

最初は少し悲しくても子どもにはそれを乗り越える力がある。現に小学校の説明会でもケイタは他所の幼稚園の子ども達ともすぐに仲良くなって一緒に遊んでいた。その子ども達とは来春一緒の入学式を迎える同級生たちだ。
自分が小学校の説明会に出かける日は平気なのだが、お友達が行ってしまって『取り残される』ということに弱いようだ。

来年はケイタも小学生になると考えると、今のこんな調子のさびしがり屋で大丈夫なのかと少し不安になってしまう。でも、もう半年もないけれど、2歩下がった後には次の3歩前進が必ずあるはずだ。次の3歩は偉大な3歩になるかもしれないではないか。
ケイタの成長する力をどこかで強く信じているから、僕は心の底ではそれほど心配はしていない。

ともかく、小学校入学は、すぐそこの『未来』だ。そんな小さな未来の積み重ねがこの後も続いていくことを考えると、取り残されるようなさびしい気持ちを持つのはケイタではなくて、親の僕達の方らしい。

でも、それはしょうがないことだ。輝く小さな未来に向かうケイタ自身にはふり返る必要など少しもないのだから…。
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by tonjies | 2005-11-04 11:10 | 豚児1号 ケイタ
湯バーバの魔法でブタにされてしまった両親…

お父さんお母さん、きっと助けてあげるから、あんまり太っちゃ駄目だよ、食べられちゃうからね。

d0046853_2216165.jpg





このあと、ガクはボーダフォンのCMのV6岡田君のように、
ブタに向かって叫んでいた。

「おかあぁぁーーさぁあーーんんんっ!…」

「おとうぅぅーーさぁあーーんんんっ!…」

d0046853_2216433.jpg





(※既出の写真だけど気に入っているのでもう一度)
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by tonjies | 2005-11-03 22:17 | デジカメ日記
自転車で二人乗り
(ガク)
自転車で二人乗り



休日の天気がいい日にガクを連れて自転車で散歩するのはたのしい。

自転車の前に幼児を座らせるイス(なんていうのだろうコレ、)をケイタがうまれた時にさっそく購入した。

子どもが産まれたら『自転車の前に乗せてどこにでも連れて行く』というのが僕の中ではちょっとした憧れだった。
そんな自転車は巷に溢れているし毎日の家事や育児に疲れたお母さん方には「何をいまさら甘いことを言っているんだ」と思われてしまいそうだが、この幼児用イスを取り付けた自転車に23歳の幼児を乗せて散歩するのは本当に楽しいと僕は思っている。

ケイタの時もよくこうやって自転車に乗せて電車や車を見せに連れて行った。、
車に乗るよりも景色はよく見えるし、ゆっくりと進む振動が心地よいのだろう、機嫌が悪く泣き叫んでいる時でも自転車に乗って近所の車庫に停まっている幼稚園バスや電車を見ているうちに機嫌が直る。

そして喜びの奇声をあげているガクに、「幼稚園バスあったねぇー」「次はあか電車だよ」と話しかけながら走っていると、僕までたのしい気分になってくるから不思議だ。

ガクは「カンカンカン」となる遮断機も目の前を通り過ぎる電車にも、見るもの全てに新鮮な驚きを表して「おーッ」と叫んでいる。ガクの目を通して見ることで、僕にもガクの驚きと感動が伝わってくるのだろう。ガクと一緒にいるといつもの見慣れた近所の町並みが僕にもとてもすばらしいもののように感じられるのだ。

僕が一人で自転車に乗っているなら、踏切などイライラする対象でしかなく「早く開けよッ、こらっぁー!」と思っているだけなのだが、ガクが一緒だと、もう一列車こないかな、と思って踏み切りがいつまでも開かなくても全然平気だ。

子どもたちを乗せて車で出かけている時も踏み切りに差しかかる度に「遮断機が鳴って電車がこないかな、今来たら最前列に停まってすぐ近くを電車が通るのが見れるのに…」と思っている自分に気がついて驚いたことがある。不思議なもので僕が一人で車を運転している時には絶対にそんなことは思ったりもしない。早く渡ってしまおうとしか感じられないありふれた踏み切りが子どもが乗っているだけでこうも違って感じられるのだ。


僕一人だとつまらない光景もガクと一緒だと楽しくなるのは、ガクの目を通してこの世の中を驚きと感動に満ちた世界として眺めることが出来るできるからだろう。「負うた子に道を教えられる」という諺が意味しているのはこういうことかもしれないと思った。得がたい体験をさせてもらっているガクに感謝の気持ちを持たなければいけない。

“自動車”にしか興味を示さなかったガクが最近“電車”にも少しずつ興味を示し始めてきた。
ガクを連れて自転車で散歩するたのしさはもうしばらく続きそうだ。
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by tonjies | 2005-11-01 00:45 | 豚児2号 ガク