豚児1号ケイタ          (12歳 1999年11月生)    豚児2号ガク           (8歳 2003年10月生)    ころすけポー (このBlogを書いている豚児たちの父親)   
by tonjies
カテゴリ
全体
豚児1号 ケイタ
豚児2号 ガク
パンツへの道
デジカメ日記
犬のコロと
猫のポーと
バカ親
思うこと
遠い思い出
子どもの本を読む
以前の記事
2012年 09月
2012年 04月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 02月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
2004年 07月
2004年 06月
2004年 05月
2004年 04月
2004年 03月
2004年 02月
2004年 01月
2003年 12月
2003年 11月
2003年 10月
2003年 09月
2003年 08月
2003年 07月
2003年 06月
2003年 05月
2003年 04月
2003年 03月
2003年 02月
2003年 01月
2002年 12月
2002年 11月
2002年 10月
2002年 09月
2002年 08月
2002年 07月
2002年 06月
2002年 05月
フォロー中のブログ
最新のトラックバック
生徒の学ぶ意欲を高揚させ..
from 名言ブログ
12/19蜿キ
from 日刊エキブロ新聞
鉛筆
from 日用品etcの基礎用語・・・..
■ムシキングジェットって..
from オフレコの記録
ころすけポーの他のBlog
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2006年 04月 ( 6 )   > この月の画像一覧

スーツ姿がりりしい小学一年生
(ケイタ)
スーツ姿がりりしい小学一年生


スーツにネクタイでばっちり決まった入学式から3週間たった。入学したての小学1年生はほとんど午前中で下校していたのだけど、先週ぐらいから給食も始まり本格的な学校生活が始まった。

小学校は朝が早い。今ケイタは7時半には家を出て集団登校の集合場所に向かう。これまで幼稚園のお迎えバスは9時半のだったので比較的朝はのんびり出来たのだけど、今は6時半に起きている。。寝起きの30分は頭も働いていないし食欲もないらしく、7時ごろになってやっと朝ごはんを食べて着替えをする毎日だ。

たまに行きたくないと愚図ることもあるようだけど、出かけてしまえばそんなことも忘れて機嫌よく通っている。春休みが毎日遊んでばかりいたので規則正しい生活に切り換えるのがたいへんなようだ。毎日遊んでいたいと思っているらしく、確かにその気持ちは僕にもよく分かる。

僕も小学校に入学した時に毎日の自由な時間が失われるような気がしたものだ。次の休み時間まで机に座って退屈な授業を受けていなければならない苦痛…は今でもはっきりと憶えている。それでも午前中だけのころはまだよかった。午後に何をして遊ぶか考えることでつまらない授業にも耐えることが出来たのだが、そのうちに午後の授業も始まって6時間目まであるようになると、本当に自分の遊べる時間が奪われたような気がして時間割を見るたびに悲しくなったものだ。

学校に行くのを嫌がるケイタを見てその時の絶望感を思い出した。

気持ちは分かるけれど親としての立場から「行かなくちゃダメだ」と僕は言っている。
でも義務教育といってもそれは親が子どもを学校にいかせる義務であって、ケイタ自身には教育を受ける権利はあっても学校に行かなくてはならない義務はない。

「授業は(時間が)長すぎる」というケイタに、「先生の言うことをちゃんと聞くんだぞ」と言っている自分が我ながら偽善っぽいなとは思うが、そんなことはおくびにも出さずに「学校は大切なところなんだ」という趣旨の発言を僕はくり返している。

みんな行っているからといって学校に行くことを勧めてはいるけれど、皆が行っていても皆と自分は違うのだから嫌なら行かなくてもいい。
でも、今はそんな理屈をいっているよりも、とりあえず集団生活を体験してみることの方が大切なのだと思う。
教育を受ける権利があるから毎日子どもは学校に通っているんじゃない。そこに友達がいて先生がいてなんとなく自分の居場所があるから子どもは学校に通っているのだ。家庭以外のところでそんな『自分の居場所』を少しずつ広げていくことこそが、今のケイタにとって大事なことなのだと思う。


新しい生活は緊張もするし疲れているのだろう。さらに学校から帰っても近所の友達と夕方まで目いっぱい遊んでいるので、我が家の新一年生は夜8時前後にはもう寝ている。
[PR]

by tonjies | 2006-04-29 02:42 | 豚児1号 ケイタ
ランドセル姿を幼稚園の先生に見せにいく
(ケイタ)
ランドセル姿を幼稚園の先生に見せにいく


無事入学式も終えケイタも先週から近所の小学校に通いだした。初めは下駄箱の使い方や学校の中の案内などのオリエンテーションが中心で、11時半には先生引率の集団下校で帰ってきていたが、今週になってやっと少しずつ給食も始まって午後の授業も受けている。
新一年生も少しずつ学校生活に慣れてきたようだ。

それでも新しい環境で緊張して疲れているのか、ケイタは夜寝るのがはやくなった。
帰って来てから一緒に入学した幼稚園の時のお友達と夕方までめいっぱい遊ぶのを楽しみに毎日学校に通っているようだ。
クラスは違ってしまったけれど、このお友達と毎日一緒に遊んでいるのは幼稚園ころと変わらない。

卒園式のときに先生から「小学生になってランドセルを背負っているところを先生に見せにきてね」 と言われたことをケイタは憶えていて、

「○○子先生は何ぐみになったかな」 と幼稚園の先生のことを懐かしく話している。

先日母親と幼稚園にランドセル姿を見せに行ってきた。
インターフォンに向かって大きな声で

「○○ケイタです。△△先生いますか」 というと
幼稚園の先生がみんな出てきてランドセルを背負ったケイタを取り囲んだ。

「かっこいいねー、ケイタくん、お兄ちゃんになって…」

たくさんの先生方に取り囲まれて口々に話しかけられるので、緊張してしまってケイタはランドセルに背負ったまま固まっていたという。
ケイタは元担任の先生だけとお話しするつもりだったのに、幼稚園の先生が全員でできたのでびっくりしてしまい、「うんうん」 と返事をするだけだったらしい。

でも久しぶりに慣れ親しんだ幼稚園の空気に触れて嬉しかったのだろう。新一年生で何かと緊張が続いていたケイタの気持ちも先生たちにあえてだいぶ癒されたようだった。
[PR]

by tonjies | 2006-04-21 01:03 | 豚児1号 ケイタ
トイレトレーニング パンツへの道
(ガク)
トイレトレーニング
パンツへの道 第2章 


第2章というと大袈裟なタイトルなのだけど、ケイタに続いて二人目のトイレトレーニングというだけの意味だ。

兄の時に買った『おまる』にまたがるようになって、ガクの『パンツへの道』の第一歩が始まった。これからガクのトイレトレの長い道のりが始まる。

このおまるをケイタはほとんど使ったことがなかった。たぶん一回ぐらいその中にオシッコをしたところを見たことはあるけれど、それ以来使われることなくミニカー入れになっていたりしたまま押入れの奥にしまいこまれていたものだ。


そのおまるにガクが自分でオムツのパンツを脱いでまたがっている。

「でたぁーでたぁー」と言うガク。

でも、順序が逆でガクはオムツの中におしっこをした後におまるにまたがるのだ。「でたぁーでたぁー」と言うもののおまるの中には何も出されてはいない。

「すごいねぇー、えらいねぇー」と手を叩いて褒めてあげると、ガクは何を褒められているか分かってはいないのだが「やったぁー」と嬉しそうにしている。(ホントは何もやっていない…)

ガクはパンツ状のオムツを一人で脱ぐのが好きで、ふと気がつくと下半身をさらして遊んでいることがよくある。この年齢からパンツを脱いでお尻を出したがってどうするんだ、と思うが彼はオシッコをした後は必ずパンツを脱ぐものだと思い込んでいるようなのだ。そういう宴会芸は大人になるまで取っておくものだと僕は彼に諭している。

でもガクは下半身をさらした開放感が気に入っているらしく、その姿のままオシッコをしたくなると今度は自分でパンツをはこうとする。

ガクにしか分からない理由からオシッコはパンツの中でという不文律でもあるのか、何故そんな面倒くさい事をしないで、自分がすわっているおまるにしない?と親としてはかたくなにオシメに拘泥しているガクの姿に疑問を感じている。

さらにこのおまるを新しい車のおもちゃと勘違いしていて、またがったままずるずると走らせて遊んでいる様子は『おまる』の機能を認識しているとはとうてい思えない。
でもオマルに座るのは大好きらしく、一日に何回もまたがって遊んでいるので、第一段階としてはこれでヨシとしよう。

できないことを嘆くよりもできることを数えて一緒に喜んでいたい。

トイレトレーニングといっても兄の時もそうだったけれど「いつかは(オムツが)外れるだろう」というくらいの軽い気持ちなので、それほと真剣にトレーニングしようという気もあまりない。
早めに外れたからって偉いってわけでもないし、モノの本によると早く始めようが遅く始めようがオムツが外れるようになる時期はほとんど一緒らしい。それならば無理はしないでこの時期の成長を一緒に楽しんだ方がいい。
オムツはずれにしろ何にしろ、だんだんと出来るようになっていく過程を見ているのは楽しいものだ。
ケイタの「パンツへの道」を自分で読み返してみてすっかり忘れていることが多いのに驚いた。今では兄がトイレで用を足すことなど当たり前すぎて気がつかなかったけれど、ケイタと楽しくトイレトレーニングをしていたのはほんの数年前のことなのだ。

過ぎてしまうと「あっ」という間の期間にすぎない。
だからこそ、ガクの『パンツへの道 第2章』 もじっくりと大切に見守ってあげたいと思う。それは今しか味わえない楽しみなのだから。



d0046853_22464426.jpg

新しい車のおもちゃ?
[PR]

by tonjies | 2006-04-16 22:29 | パンツへの道
幼児の仕草
(ガク)
頭を振りながら走る。


僕の手を引いて「いくかぁー、いくかぁー」 とガクが誘う。外で遊ぶことが大好きなガクは雨の日でもお構いなしで外に出たがるのだ。雨の日が続いたので家の中ばかりで遊んでいてガクも飽きてしまったのだろう。外に出してもらうと大喜びで走り回っている。

小さい子どもは走ること自体が面白くてしょうがないようだ。

でも、いまいちその走り方もバタバタしていて危なっかしくて、見ている側としてはハラハラしてしまう。
幼児体型のガクは(2歳児なのだから幼児体型でもしょうがないのだが)やっぱり頭が重いのか、走るときに頭を左右に振っている。
それはマラソンの宗兄弟の真似しているのかとツッコんでみても、悲しいかなこのネタが分かる人間が我が家には誰もいないのだった。



かいーの


オムツが蒸れてチンコの裏側あたりが痒いらしく、ガクはよくオムツを引き摺り下ろしてチンコを出していじっている。

ちいさなゾウさんをひっぱったりしながら、「かいーかいー かいーの・・・」 と訴えかけているガクに、

お前は間寛平かぁー

とツッコんでみるのだが、このネタもガクにはまだ通じないようだ。




力関係で犬に負ける

勝手に遊んでいるふたり
d0046853_2375569.jpg
ああ・・・ボクのおもちゃが・・・d0046853_2381850.jpg
ガジガジガジ(破壊してやるッ)・・・

d0046853_2372540.jpg
ガク12キロ、犬のコロ35キロ・・・
自分の体重の2倍以上ある犬に、何も言い返せずに遠くをみつめるガク・・・
[PR]

by tonjies | 2006-04-14 02:07 | 豚児2号 ガク
野球盤であそぶ
野球盤であそぶ
TVゲームとの付き合い方


TVゲームは基本的に好きじゃない。僕はインベーダーゲームが流行った時の歌舞伎町であちこちからピコンピコンという音が聞こえてきた頃を知っている。この頃からこのコンピューターゲームがあまり好きではない(といい言いつつも名古屋打ちの名手だったこともあったのだが)

面白く作られているのだし子供が夢中になるのはよく分かる。大人だって夢中になっている人が多いのだから、そんな面白いものを子供に一切やってはダメだというのは行き過ぎた考え方だと思う。

この手のTVゲームがまったくダメとは僕は思わない。

でも、プログラミングされた世界は空しいということをどこかで感じ取っていて欲しいのだ。孫悟空がキントウンで世界の果てまで飛んでいってもそこはお釈迦様の手のひらに過ぎなかったように、いくら攻略してもそれはゲームを作った側の手のひらで遊んでいるに過ぎない。

『1973年のピンボール』で主人公の青年があるピンボールにのめり込み高得点を挙げ続けるシーンがある。いくら高得点を挙げても機械のゲームは何も答えてくれない。ピンボールに費やしている同じ時間にあるものはドストエフスキーを読んでいるだろうし、あるものは彼女とぺッティングをしているかもしれない。そして他の人たちが文学者になったり結婚して家庭を築いていく中で、ピンボールに魅入られた彼に得られるのものは果てしない『リプレイ』『リプレイ』の繰り返しだけだ。

僕は最近のTVゲームのCMを見るたびにこの話を思い出す。果てしないリプレイの繰り返の中で『感じるもの』『得られるもの』も確かにあるだろうけれど、それは成長期の子供には無縁なものだ。

世の中には自分の身体で感じるもっと面白い実体験がたくさんあるのに、全てがバーチャルではせっかく生きているのにもったいないと思う。
実際ケイタもガクもケームよりも枕投げやベットの上でのプロレスごっこの方がずっと生き生きとした目をして遊んでいる。
自分の体験で遊んだ方が数倍も面白いのだということを感じて欲しいと僕は願う。


確かに一人でできるTVゲームを与えていれば親としては楽なのだ。だからこんなに子ども相手の商売が盛んになっているのだろう。子どもの小遣いを吸い上げるゲーム会社の販売戦略に乗せられてなるものかという気がする。ゲームソフトのCMがこれだけTVで流されている社会というのはある意味で異常だ。

もっと子供に違う遊びを教えてこなかった大人の怠慢、TVゲームやDVDに子育て任せていることのツケを払わされるのは他ならない子供たち自身なのだ。

僕はケイタにいろいろな仕掛けをしている。自分がかつて遊んだことを少しずつ教えて、お父さんの子どものころはこうだったとよく話している。そういう話をケイタはよく覚えていて「おとの子どものころは○○だったんだよねー」 とかなり前に話したことを突然言い出すことがある。
子どもが産まれてからの楽しみは、僕が彼と一緒に子どもならではの遊びが追体験できることだ。自分がかつて遊んだ遊びをもう一度体験することが出来る。

凧揚げ、剣玉、ヨーヨー、シャボン玉…


で野球盤である。僕自身がこれが欲しかったのでケイタに吹き込んでいた。クリスマスプレゼントに買ってもらって今ふたりで遊んでいる。これで僕も野球のルールを覚えた。消える魔球が見送ればボールだということも、懐かしく思い出すことができたし、負けると悔しくて泣き出すところもかつての自分を見ているようで楽しかった。

今月小学校に入学するケイタはいつまでこんな遊びに付き合ってくれるだろう。
[PR]

by tonjies | 2006-04-11 15:20 | 思うこと
悪役の高笑い
(ガク)
悪役の高笑い


このごろガクはよく笑う。世の中が楽しいことで満ち満ちていると考えているようで、幼い子供が笑っている様子を見ているとこちらまでうれしくなってしまうものだ。

「がはははっはぁー」と豪快にガクは笑う。

「越後屋、おぬしも悪よのう…」
「何をおっしゃいます、御代官様…」
「わぁ、ははっはははー」
「うわぁ、ふぉふぉふぉふぉー・・・」

小さな丸い体に似合わない大きな声で、時代劇に出てくる悪役のように笑う2歳児を観ていると可笑しくてしょうがない。


僕は我が家の越後屋に、
「そんなに無理して力いっぱい笑わなくてもいいよ」
といつも言っている。

でも、ガクの方は悪代官や越後屋ではなくて、どうもバイキンマンのマネをしているらしく、この手のアニメを一緒に見ていると、悪者がやられたり大きな声を出すときに同調して自分でも叫んだりすることがよくある。面白いことにガクは正義の味方の方ではなくて悪役に感情移入しているようなのだ。

アンパンマンが活躍する場面よりも、どちらかと言うとバイキンマンが暴れているシーンの方を喜んで観ている。

2歳にしてピカレスクロマンに目覚めているのだろうか。

よく笑うガクなのだが、その笑いのつぼが僕たちにはよく分からない。


d0046853_845151.jpg



  
[PR]

by tonjies | 2006-04-04 08:45 | 豚児2号 ガク