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ぼくさー、ボクサーなの
(ケイタ)
ぼくさー、ボクサーなの


漢字を憶えてきたケイタが本を読むようになった。本といってもマンガ本なのだが、きっかけは我が家にあった『はじめの一歩』というボクシングマンガだった。このシリーズは今現在80巻出ている。

僕の哲学、宗教、歴史、東西の思想書からなる膨大な蔵書の数々が我が家の書架に溢れんばかりに詰め込まれているのだが(ちょっとウソ…ホントは軽い小説エッセイの類の方が多いかもしれない・・・)、何故かその中に『はじめの一歩』80巻が並んでいる。それをケイタが自分で見つけてきて読み始めた。

はじめの一歩 VOL.1


マンガとはいえ文章を読むことはいいことだ、と思って放っておいたら、どこがウケているのか、時々声を出して笑いながら夢中になっている。
きゃっきゃと兄が笑うものだから、それにつられて弟のガクも意味も分らずに笑い転げる。お兄ちゃんが笑っているので自分も合わせているらしい。

最近ケイタはトイレに入るとなかなか出てこないことがある。それも大の時だ。のぞいてみるともうとっくに用を済ませたケイタが便座に腰掛けて漫画本を読みふけっていた。

時々、主人公たちの似顔絵を自分の自由帳に書いて遊んでいる。
ケイタのマンガデビューといったところか。

そんなわけで、今我が家では『はじめの一歩』がブームになっていてアニメのDVDを借りてくるようになった。
それを観ているうちに、なんでも真似したがるケイタはさっそく、

「おれぇー、ボクシンググローブがほしい」と言い出した。

しばらくしておもちゃのそれを買ってやると、上半身裸になりさっそくボクシングごっこを始めた。

僕がトレーナーの真似をして平手で受けてやると、「ジャブ」やら「ストレート」といいながらパンチを繰り出してくる。とはいっても小学2年生のパンチは手首も返っていいないヘナチョコパンチなのだが、ケイタはあくまで本気でトレーニングと称して腹筋とかも鍛えている。格闘技好きなところは、男の子だなと思う。

小学生の本気パンチをもらっても僕の方は何ともないが、打っているケイタが弾みで怪我でもしたらいけないので、最近ではボクシングごっこはスローモーションで行うようにしている。スローでパンチを繰り出したり大げさに倒れてみせると、ケイタは対戦相手からレフリーに役を代えてうれしそうにテンカウントを始める。

カウント8あたりで立ち上がると、

「ファイティングポーズをとって、…目を見せてみろ…まだできるか?」

とアニメのレフリーそのままに真似をしている。


そうやってケイタと遊んでいると必ず弟が「ガクも、ガクも・・・」と言って参戦してくる。でも3歳のガクにはボクシングと相撲の区別がまだついていないらしく、頭を付けて両手で僕をぐいぐいと押してくる。それではバッティングで減点だ。ガクはお兄ちゃんがお父さんとなんだか楽しい遊びをしていると思っているのだろう。

d0046853_23161565.jpg



ボクシングということで、

「明日のために、えぐるように打つべしッ!打つべしッ!」「ジョーぉおおー、立つんだっ、ジョーぉおおおー…」

なつかしの丹下段平の真似をしても世代の違う小学生には通じなかった。

でも、「ぼくさー、ボクサーなの」という寒いのを通り越して聞いているこちらが恥ずかしくなるようなガッツネタは何も知らない小学生は大うけだった。



   
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by tonjies | 2007-07-27 22:55 | 豚児1号 ケイタ
夏休みに入って
(ケイタ)
夏休みに入って、小学2年生のケイタは午前中に勉強している。

「涼しい午前中に勉強するんだぞ」と親として言っているものの、自分の小学生の頃の夏休みを思い出すと、そんな偉そうなことはいえない。でも、そんな親の定番ともいうべき小言を聞く前に、ケイタは自分から本当に勉強をはじめるので僕は少なからず驚いている。
カミサンと僕の合作であるから『勤勉』『真面目』とは縁遠い子どもだとばかり思っていたのだが、本当にケイタは自分からよく勉強する。

新しいことを覚えることがうれしいらしい。知的好奇心が旺盛なのだろうということでその辺はなんとなく分かるのだが…。

特にケイタは漢字の勉強を好む。

学校の各教科の中でも国語の漢字を覚えるのが好きで、勉強の時間でもないのに普段自分がマンガをかいている自由帳に覚えたばかりの漢字を書いている。壁に貼ってある漢字表を見ながらまだ習っていない漢字も一人で書き写しているようだ。

僕も子どもの頃は勉強ができる方だった…(大多数のちょっと勉強ができる子供と同じように僕も幼少のみぎりは神童と呼ばれていた…ただ、ご他聞にもれず二十歳過ぎる前にただの人になった) けれど、漢字の勉強は苦手だった。漢字の勉強はコツコツと地道な努力を必要とする。それに比べ算数、数学は勉強していなくてもテストのその場で考えれば簡単に答えを導き出すことができる。だから算数は得意でも国語の漢字の書き取りは不得手としていたのだ。
今思えば、コツコツ努力をすることもひとつ才能のなのだと分かるけれど、その当時はそんなことにも気がつかなかった。

先日新聞に「親と子の会話が多い家庭の方が勉強のできる子どもが多い」という記事が出ていた。押し付けの学習に親子ともども時間を取られている家庭に比べ、普段の生活から新しいものに対する知的好奇心が養われているかららしい。その知的好奇心がやがて自分で調べる、覚える、学習するといった態度につながっていくのだろう。

こういう自分から学習する姿勢を持った子どもがたぶん本当の意味で「勉強のできる子」になのだろうと思う。

我が家の駐車場のコンクリートは子どもたちの落書きの場になっている。いつもケイタやガクがチョークでマンガや車の絵をかいているのだが、先日会社から帰るとそこにケイタが書いた漢字がたくさん並んでいた。
こんなところでも書き取りの勉強(本人は遊びの一環とおもっているらしい)をしているようだ。

『金で買う』(たぶんこれは先日自分のお小遣いで買った玩具のことだ)

『書く、昼、春、海』

さすがに硬筆で金賞をもらったケイタはきれいな大きな字で、自分の名前や様々な漢字を書いていた。



ただ、『金で買う』の『買』という字と『春』か並んでおかしな熟語になっていた。買春…「おいッ」 カミサンには注意したけれど、もちろんケイタはそんな言葉は知らないし、僕もあえて彼には何も言わなかった。
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by tonjies | 2007-07-24 00:27 | 豚児1号 ケイタ
おかたづけ その2
おかたづけ その2


ケイタが夜寝る前に居間に散らかったおもちゃを片付けてくれる話は前回書いた(平成19年5月2日)
我が家ではプラレールやトミカのミニカー、おままごとセットの野菜や食器のおもちゃが狭い居間をさらに狭くしている。、そのほとんどはガクがひっくり返したものだ。
もう、ケイタはミニカーやおままごとセットでは遊ばないのだが、僕や母親がそれを片付けているとケイタが手伝ってくれる。

「ほら、ガクの出したおもちゃをお兄ちゃんが片付けてくれているよ。ガクも片付けなッ!」

そうガクを叱ると、最近ではケイタは必ず弟をかばうようになった。

「オレも、あそんだよー」

自分もおもちゃを使ったから…片付けているんだ、といっているらしい。

ノートにお絵かきをしたりパソコンをいじって遊んでいることが多いケイタは、そんなものでは遊んでいない。でも、ガクをかばっての発言なのだろう。

弟に邪魔されると、罵詈雑言をならべたてて文句を言うくせに、誰か自分以外の人から弟を悪く言われたくないという気持ちなのか。そんなところは兄弟なのだな、と思う。


自分では片づけができなかったガクも週2日の幼稚園体験教室に通うようになって、自分からお片づけができるようになってきた。片付けしたら2階でTVゲームしようと持ちかけると、一心不乱に部屋の片付けとはじめる。

オモチャが袋にうまく入らなくて癇癪を起こしかけたりするが、自分で出したものは自分で片付けるという当たり前のことができるようになったガクを、僕たちはことさら大げさにほめている。
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by tonjies | 2007-07-15 12:07 | 豚児1号 ケイタ
パンツへの道 卒業
(ガク)
パンツへの道 卒業



ガクの『パンツへの道』が3歳と8ヶ月にしてついに終わった。
前回のおしっこができるようになった後は、ウンチの時も自分から進んで教えるようになって、もう紙おむつは全然使わなくなってしまった。

ガクのパンツへの長い長い道程-僕の前に道はない、僕の後ろに(累々たる使用済み紙おむつの)道はできる・・・という『パンツへの道』は思えば長い道のりであった・・・

などと感慨深げに述懐しているのは実はウソで、トイレトレーニングは兄の時にすでに体験しているので、3歳過ぎまで紙おむつをしていたガクにも、トイレの練習くらいはさせていたけれど僕も母親もそれほど目くじら立てて指導していたわけではない。
ガクはオムツをしていても夜寝ている間はおしっこ我慢しているらしく、2歳ぐらいの時から朝起きてもオムツがぬれていることは無かった。おねしょをしないくらい自己管理ができているのだからトイレで用を済ます習慣付けのきっかけがないだけで「そのうち外れるだろう」と僕たちは楽観視していたのだ。

時期がくれば自ずからできるようになる。それを他所の子と比べて一喜一憂するのはつまらないことだし、もっと鷹揚に構えていても大丈夫だと思う。我が家の家計の方は毎月のオムツ代は馬鹿にならない出費だったけれど、それはまた別の問題だ。

子どもの成長はあっけないくらい早い。昨日までできなかったことが一回できてしまうともうほぼ完璧にできてしまう様子は頼もしくあり、少し寂しい気もする。

そんなに急いで大きくならなくてもいいんだよ、と声をかけたくなるが、そんな親の気持ちを振り向きもせずに走っていくのが『子ども』なのだろう。


というわけで、めでたくもガクはオムツから卒業した。でも、このチビは大きいほうを催す時、ぎりぎりの間際にならないと教えてくれない。

「ウンチィーッ!出るぅー!」と叫んでから15秒ぐらいしか余裕がないのだ。家の中にいる時はそれでも何とか間に合うけれど、外出先でこれをやられたら、たぶんほとんどアウトだろうと思う。

『パンツへの道』はなんとかエンディングを迎えてたけれど、スリルとサスペンスに満ちた『エピローグ後』がなんだかありそうだ。
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by tonjies | 2007-07-11 00:21 | パンツへの道
ザリガニつり
(ケイタ)
ザリガニつり



先日ケイタの学校でザリガニつりの催しがあった。授業の一環なのか定かではないが、タコ糸をさお先に付けてその先端に針ならぬ洗濯バサミをつけた仕掛けをつくった。洗濯バサミで裂きイカをはさんでザリガニを釣るらしい。

学校に持っていく前にケイタと二人で近所の田んぼに行って試し釣りをしてみた。
そんな簡単な道具でも、ザリガニが面白いように取れる。10匹ほど捕まえてきて玄関先においたいくつかの水槽で飼うことになった・

身近な生き物としてはザリガニは小学生の中でも人気が高い。学校で捕まえてきたのもあわせて大所帯になったザリガニの世話をすることをケイタに教える。

世話といっても毎日水槽の水を替えるぐらいなのだが、その水換えはだんだん僕の仕事になってきた。
そのうちに何匹かのザリガニが死んでしまって、僕は毎日ザリガニの埋葬をしていた。
やがて大きなザリガニ2匹と小さなザリガニ2匹の二つの水槽になってしまった。

ケイタは残ったザリガニたちに、「○○丸」「タクミ」等と名前を付けて、水換えの時にあそんでいた。

そんな矢先、大きなザリガニが入った水槽に目をやるとやけに水が濁っている。覗いてみるとザリガニが一匹しかいない。もう一匹の方は残骸が残っているだけだ。
ああ、共食いしたんだな、と気がついた。食べられてしまった一匹の方は2日ほど前に脱皮したばかりだったから、やわらかい体を狙われたらしい。ハサミの欠片がちらほら見える惨劇現場を前にして、さすがにこれはケイタに見せられないなと思った。

きれいに片付けて水を替えてから、ケイタにその話をした。

「食べられちゃったみたいだよ」

するとケイタが突然怒り出した。

「あのザリガニをころすッ!」

そういきまいているケイタをなだめながら、僕もその気持ちはよく分るような気がした。

僕も子どもの頃いろいろな生き物を飼っていて、一番辛かったのは飼っていた生き物同士が共食いした時だった。
そういう生態、習性なのだから仕方がない。飼い方に気をつけなかった僕のほうに責任があるということが分かるまでずいぶん時間がかかったものだ。

生き物を飼って、生き物にかかわることで学ぶことは多い。

昆虫や魚やカエルそのほかにもたくさんの小動物が僕の子どもの頃身近にいた。それらを飼って死なせてしまったことは数知れない。扱い方が分からなくて僕が殺してしまったものもたくさんある。面白半分にカエルを放り投げて殺したこともある。
無知ゆえに子どもは残酷な一面を持っているものだが、我ながらひどいことをしたと思う。

でも、そうやって生き物にかかわることでしか学べないものがあるのも確かだ。

どんな生き物にも命があって、それは再生不可能なものであり、いったん奪われると二度と蘇らない…だからこそ尊い命を粗末にしてはいけない。

ということを僕に教えてくれたたくさんの小動物たちに懺悔の気持ちもあって、今僕はなるべく虫も殺さない様にしている。家の中に迷い込んだ蜘蛛や蛾もテッシュでつまんで外に逃がしてやるようになった。

でも、生き物(命)に関わる過程を抜きにして、子どもたちに「命は大切なのだ」というお題目をいくら並べてみても、薄っぺらな知識過ぎる。それでは説得力のかけらもないし子どもの心に響かない。


「あのザリガニをころすッ!」と言ったケイタに「命について」どう説明しようかあれこれ考えたけれど、何も話さないことにした。

3匹になったザリガニはまだ我が家の玄関先の水槽の中にいる。もうしばらくしたら、ケイタと一緒に近所の公園の池に放しに行こうと思っている。
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by tonjies | 2007-07-04 01:21 | 豚児1号 ケイタ